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人違い

*式の日程を変更しました。

 グレンと約束を交わした日から、もう7年も経った。今日は、父の知り合いの娘の結婚式に出るため、家族とともにナイダ国に来ていた。両親の長期休暇も兼ねているため、ちょっとしたバカンスの気分だ。約1ヶ月後にある結婚式以外の時間は、観光でもなんでも好きに過ごしていいと言われている。わたしはその言葉に甘え、グレンがくれたイヤリングを身につけて、家を出た。


 わたしは他国にくると、観光だと銘打って、グレンを探すためにうろうろするのが、もはやお決まりのパターンになっていた。両親は、わたしの目的を分かっているので、わりと自由に行動させてくれている。


 イヤリングに気づいたグレンが、声をかけてくれるかもしれないと、淡い期待を抱きながら、手当たり次第にあちこち歩いていく。



 しばらく歩いたが、今日もそれらしき人物はいなかった。まぁ、期待はしていなかったので、そこまで気にしてはいない。いつものことだ。


 少し足が疲れてきたし、何か食べて休憩しようと思った時、大柄な男がこちらに向かって歩いてきた。このままではぶつかってしまうため、道の端に避ける。

 ところがその男は、わたしの方へと歩いてきたかと思うと、わざと肩をぶつけてきたのだ。わたしは、その勢いでふらついてしまい、そばに積み上がっていた木箱に手をついた。幸い、隣が壁だったため、木箱の山が崩れはしなかったが、手をついた拍子に、手首をひねってしまった。ズキズキとした痛みが走る。


「いってぇな!」


 男は、自分からぶつかってきたにも関わらず、ふらついたわたしに向かって怒鳴り始めた。そっちがぶつかってきたんだろう、と言い返さなければならないとわかっているが、あまりの剣幕に萎縮してしまう。


「あー、痛いなー。肩の骨折れたわ」


 そんなの知らないと言いたいのに、体が強張ってしまい、喉も締め付けられているような感覚に襲われて上手く声が出ない。


「黙ってないでなんとか言えよ」


 男が、わたしのことを突き飛ばした。わたしは踏ん張ることができずに、ふらついてしまう。思わずギュッと目を瞑ったが、衝撃はこなかった。代わりに後ろから、誰かの腕に抱き留められる。その瞬間、ふわりと広がった香りに、懐かしさを感じた。まさか、そんな都合のいいことがあるわけないと、自分に言い聞かせる。


 彼は、わたしが自分の足できちんと立ったことを確認してから、わたしを支えていた腕を離した。そして目の前にいた男に歩み寄ったかと思うと、その男の腕を一瞬のうちに捻り上げた。


「うっ……」


「僕の連れですが、なにか御用でも?」


 流れるような速さで男が捩じ伏せられる。男は痛みのあまり、声が出せないようだ。わたしは立ち尽くして、その様子を見守ることしかできなかった。


「ない!ないから離せ!」


 そう叫んだ男は、解放された途端に、逃げるようにその場を立ち去った。助けてくれた彼の後ろ姿を見つめていると、その彼が、不意にこちらを振り返った。


「お怪我はありませんか?」



 彼の瞳を見た瞬間、言葉を失った。



 忘れもしない。わたしの大好きな瞳が、目の前にあった。



 さすがに背格好は、時が経ち過ぎていて、確実なことは言えないが、声は、記憶の中にあるものよりも低い。


 しかも、探し求めている彼は輝く銀髪であるのに対して、目の前の人物は、真っ暗闇のような黒髪だ。



 それでも、目の前にいる彼は、間違いなくグレンだと、わたしの本能が告げている。




「……グレン?あなた、グレンよね?!」


 ずっと探し続けていたのだ。やっと会えた。そう思ったのに、彼からの返事は、想像していたのとは違うものだった。


「…………誰かと、勘違いされているようですね?」


「え………?」


 わたしは耳を疑った。返ってきた言葉が信じられなくて、脳が理解するのを拒否しているみたいだ。


「わたしよ?メイベル!ほら、これ、あなたがくれたイヤリング」


 耳元に付けているイヤリングを彼に見せたが、大して反応は変わらなかった。


「人違いです。僕はクレイ・エルダーと申します」


 たしかに名前は似ているようですけどね、と冷静に返され、ようやくわたしの頭も冷えてきた。見知らぬ人、しかもわざわざ助けてくれた人に、とんでもないことをしてしまったと、顔から血の気が引いていく。



「助けてくださり、ありがとうございます。はじめにお礼を言うべきなのに、変なことを聞いてしまって、すみませんでした」


 わたしはクレイに向かって、深々と頭を下げた。初対面の人に、なんて失礼なことをしてしまったのだろうと思うのと同時に、恥ずかしさが込み上げてくる。

 グレンは、自分のことを「俺」というし、こんなに丁寧な口調で話す人ではなかった。落ち着いて考えるほど、違いが如実になっていく。


「いえいえ。誰にでも間違いはありますから。気にしないでください」


 クレイは、それよりも、と言って、わたしの手を取った。


「………っ!」


 忘れていたはずの痛みに、わたしが思わず顔をしかめたのを、クレイは見逃してくれなかった。


「やはり痛めていたんですね。このあと、時間はありますか?」


「特に用事はないですけど」


 もともと、グレンを探すために歩いていたのだ。目的も用事もない。


「では、僕の知り合いの店に行きませんか?こういうのは、すぐに手当てしたほうがいい」


「そこまでご迷惑をおかけするわけには…」


 さっきから、クレイには散々醜態を晒し続けているので、とっととここから逃げ出したい、というのがわたしの本音だった。


「まぁ、そう言わずに」



 その後、なんだかんだと言いくるめられ、気づけばわたしは、彼と並んで歩き出していた。



お読みいただきありがとうございました!

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