これでいい
18歳からお酒が飲める世界なのです。
クレイsideのお話です。
メイベルを滞在先まで送り届ける馬車の中は、静寂に包まれていた。先程までは雑談をしていたのだが、ふと肩に重みを感じて、ちらりと横を見ると、メイベルが肩に寄りかかって寝ていた。疲れたに違いない、到着するまで寝かせることにしようと考えて、枕の役目を全うすることにした。
小さい頃は、木陰で本を読んでいたら、メイベルが船を漕ぎ始めて、最終的に俺に身体を預けて寝るところまでがセットだった。昔は可愛らしいというイメージだったのに、7年経ったいまは、こんなに上品なドレスを着こなしている。これでは、目のやり場に困ってしまう。
もう一度同じ約束を交わすと、素敵な出会いだと言って笑った彼女の顔は、あの頃を思い出させる。自分はこんなにも変わってしまったのに、彼女は変わってないのだと。嬉しいような、悲しいような、複雑な心境だ。
「普通、もう一回約束したら、ダメだろ」
どうしてこんなに、欲しい言葉を、惜しげもなくくれるのか。
メイベルに会うたびに、欲望を抑えつけるのに必死だった。愛しいと思う気持ちが、どんどん大きくなっていく。そんなことを、彼女は知らないのに。
「おっと」
ガタッと馬車が大きく揺れ、メイベルが倒れそうになるのを慌てて抱える。かなり爆睡しているようで、起きる気配は微塵もない。先程の体勢に戻すのも危なっかしいと思い、俺の膝にゆっくりと、メイベルの頭を乗せた。
同じ時間を過ごせるのがうれしくて、欲張ったせいで、ジャックとルイスに鉢合わせてしまい、完全に面白がられたあげく、メイベルを危険なことに巻き込んでしまった。
メイベルとともに、ジャックたちと鉢合わせた帰りに、ジャックから言われた言葉を思い出す。
「メイベルが探しているのは、お前だろう?」
「……何のことです?」
「一度酔っぱらったときに、もう会えないのだと言いながら名前を呟いていたぞ。メイベル、と」
18歳になったばかりの頃、もう酒は飲めるのだからと、酒場に連れて行かれたときがあった。初めてでペースもわからず飲みまくり、次の日には記憶が飛んでいた。おそらくあの時だろう。むしろあの時しか心当たりがない。
「メイベルの名前を聞かなくても、お前の顔を見ればわかったぞ」
「え……?」
「本当に気付いてないのか?ずいぶんと緩んだ顔をしていたぞ。あれならすぐわかる」
そうジャックに言われて、決めた。もう、こんな中途半端なことはやめる。ほんの一瞬でも、彼女の隣にいられたのだ。本来ならありえないことで、それだけでも幸せだと自分に言い聞かせる。
たとえ、瞳にうつっているのが偽物でも、彼女が俺を見てくれることが嬉しくて。
たとえ、偽物の名だとしても、彼女が呼ぶと、特別な響きをもつように聴こえて。
最後には、グレンの名前を、大切そうに呼んでくれた。それで十分ではないか。
メイベルの顔にかかっていた彼女の髪を、そっと耳にかける。指で頬をつついてみたが、それでも目を覚さない。やわらかい栗色の髪を指に絡めたが、するりと滑って、ほどけてしまった。
馬車が止まったところで、我に返る。メイベルの寝顔も見納めだと、目に焼き付けてから起こした。
「着きましたよ」
名前だってなんだって、捨てられるものはすべて捨ててきた。それなのに、メイベルへの想いだけは捨てられなかった。
「ん…」
メイベルの、はしばみ色の瞳と目が合う。最初は寝ぼけた様子でぼーっとしていたが、状況を把握したようで、目が見開かれたと思った途端に、ガバッと起き上がる。
「「いっった」」
覗き込んでいた俺と、勢いよく起き上がったメイベルの額が、思い切りぶつかった。
「すみません!大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。こちらこそ、驚かせてしまってすみません」
前髪をずらして、ぶつけたであろう箇所にそっと触る。腫れてはいないようで、ひと安心だ。どうせだからと、剥き出しになったメイベルの額に口づける。
「………な、ななっ」
「こうすると、早く治るらしいですよ」
ほんの少しでも、記憶に残ればいいなんて、希望をもってしまう。
「…絶対うそでしょう」
からかわれていると分かったらしく、落ち着いたメイベルが、穏やかな笑みで返してきた。
「送っていただいて、ありがとうございました。足も痺れたでしょう。ごめんなさい」
「………いえ」
まだ、名残惜しいと、思っている。それでも、メイベルを馬車からおろした。
本当に突き放したいのなら、グレンなんてもういないのだと言えばいい。そう告げることができたら、どれだけ楽だろうか。でも、言えない。言いたくない。それが、俺の弱さであることは、痛いくらい分かりきっているのに。
心の中でくすぶっている何かには、蓋をして、見ないふりをして。彼女によって、容易く呼び起こされそうになるそれに、鍵をかけて。
これが、本当の
「………………さよなら」
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