潜入 2
誰かがうめき声を上げて倒れた。
「おい、どう…」
わたしを掴んでいた相手から、力の抜けた気配がすると同時に、ナイフが床に落ちた音が聞こえる。突然加わっていた力がなくなり、よろけてしまったが、誰かに抱きとめられる感触がした。
抱きとめられた感触は、覚えのあるもので。ふわりと広がる香りに、あぁ、初めて会った時と同じだ、なんて呑気に考える。
ゆっくりと瞼を開くと、待ち望んでいたエメラルドグリーンの瞳が、心配そうに、わたしを覗き込んでいた。
「メイベル、怪我は?!」
初めて名前を呼んでくれた。助けに来てくれたことよりも、名前を呼んでくれたことが嬉しいなんて、どうかしている。
「……平気です」
深呼吸してから絞り出した声は、自分でも驚くほど掠れていた。
「無事で、よかった…」
突然、クレイに力強く抱きしめられた。そのあたたかさに、とにかくほっとする。落ち着かせるように、ゆっくりと頭を撫でる手つきは、とても優しい。グレンも、こうやってよく撫でてくれたことを思い出す。あの頃の手とは、大きさは違うけれど、感じるあたたかさは同じだ。
「クレイさんこそ、大丈夫ですか?」
そう問いかけると、クレイは少し体を強張らせた後、手をおろして、わたしからそっと離れていった。
「僕は大丈夫ですよ。間に合ってよかった」
気づけば、震えもおさまっていた。少し落ち着いてきたところで、大事なことを思い出す。
「あ、そうだ!この人たち…」
わたしは、会場を離れてから起こったことを、なるべく簡潔に話した。
「そばにいるように言われていたのに、勝手に離れてごめんなさい」
「いえ。あなたが無事なら、それでいい」
そこへ、ジャックとルイスも合流した。
「あー…」
状況を見て、いろいろと把握してくれたらしい。警備の人たちが続々とやってきて、気を失った2人を捕らえて、連れて行った。
「クレイさんに、助けてもらってばかりですね。ありがとうございました」
「……必ず守ると、言いましたから」
クレイは、守ってくれたのだ。わたしのことも、わたしに告げた言葉も。心にあたたかい何かを感じたのを振り払うように、クレイに問いかける。
「どうして、わたしがここにいるってわかったんですか?」
クレイから返ってきた言葉は、意外なものだった。
「あなたのイヤリングが、光ったのが見えたんです」
「イヤリングが…」
わたしはいつものように、耳元で揺れているイヤリングに触れた。
「本当に、守ってくれたんだ」
守り石が守ってくれたのか、グレンが守ってくれたのか。どちらにしろ、このイヤリングに助けられたのは間違いない。
「ありがとう、グレン」
イヤリングに意識を向けていたメイベルは、クレイが息を呑んだことに、気づかなかった。
* * * * *
「初めて見たよ。あんなに血相変えたクレイ」
わたしが1人でいると、ルイスが近づいて来た。
「すごい勢いで走って来たと思ったら、メイベルのこと見てないか?帰ってくるのが遅いから探してるのに、どこにもいないって」
わたしたちの視線の先にいるクレイは、何やらジャックに怒っているようだ。今日は新鮮なクレイがたくさん見られるな、と言って、ルイスは話し続ける。
「僕とジャックは、取引現場だと思ったところに目星をつけて、そこを張ってたから、あまり大きくは動けなくてね。もう少し助けるのが遅かったら、間に合わなかったかもしれない、とは聞いている」
いつのまにか、ジャックとクレイも、わたしのそばにきていた。ルイスの続きを、ジャックが引き継ぐように話し出す。
「会場班のクレイが1人だと変に目立つから、君に一緒に来てもらった。会場での取引の可能性はほとんどなかったから、大丈夫だろうと油断した。結果的に、君を危険な目に遭わせてしまった」
以前の、少し強気な表情とは違い、覇気がないように感じる。
「本当に、すまなかった」
大人3人が頭を下げているのは、ある意味壮観だ。
「わたしの不注意もありましたし…。それに、悪い人が捕まってよかったです。ありがとうございました」
だから頭をあげてください、と言うと、おそるおそるといった様子で、3人が顔を上げた。タイミングもほとんど同じで、きっと仲がいいんだな、なんて思ったことは秘密だ。
お読みいただき、ありがとうございました!
もしよろしければ、評価・ブックマークなどをしていただけると嬉しいです(*^^*)




