潜入 1
本日2回目の投稿です!
とうとう、潜入の日が来てしまった。取引する物はお香だそうで、一定量嗅いでしまうと、幻覚を見せるものらしい。サイズが小さい分、やり取りが分かりにくくて、厄介なのだそうだ。わたしにできることはほとんどないので、クレイのそばを離れないこと、甘い香りがしたら、すぐにその場を離れること、と言われている。先日、クレイとは気まずいまま別れてしまったが、今日は普通に話すことができた。
「僕が必ず、あなたを守ります」
「……ありがとうございます」
そう言ってくれたクレイに、ときめかなかったなんて言ったら、嘘になってしまう。でも、その言葉をくれた時のクレイが、あまりにも思いつめた表情をしていたので、浮ついた気持ちなんて吹き飛んだ。
* * * * *
「俺たちは隠れてるから」
会場についてから、ジャックとルイスはそう言って、どこかへと消えてしまった。わたしとクレイは、怪しい動きをしている人はいないかと、会場を見渡したが、そんなに簡単に分かるわけもなく、ぐるぐると歩き回るだけになってしまう。グレンのことも探してみたものの、こちらの案件のほうが、余計見つかるはずがない。
表向きは普通のパーティーなのだが、こちらとしては、目立つわけにもいかないので、ダンスに参加しても意味はない。
しばらくしても、何かが動き出す気配はなかった。クレイは知り合いを見つけたらしく、わたしから数歩離れたところで、綺麗な女性と話している。
なんとなく見ていたくなくて、この場から逃げ出したい衝動に駆られた。わたしは、このもやっとした気持ちに気づかれないよう、クレイには声をかけずに、会場の大きな扉を開いて、廊下へと出る。せっかくだからお手洗いに行っておこうかと思ったのだが、初めてのところなので場所がわからない。とりあえず、こちらかな?とあたりをつけて歩き出した。
ところが、どんなに歩いても、それらしき場所が見当たらない。
「おかしいな…」
さらに、人の気配があまりないのだ。いくらなんでもこれはおかしいだろうと、引き返すことにしたが、戻る道も、こちらでいいのか自信がない。
「あれ…?」
案の定、全然見覚えのない場所に出て来てしまった。せめて誰かに会えたら、と思いながら歩いているのに、静寂が広がるばかりで、心細さがいっそう増していく。
「―――だな」
「そうだ。―――――で」
やっと、誰かの話し声が聞こえて来た。ぼそぼそとしていてあまりよく聞こえないが、声が聞こえてくる方角はわかるので、そちらへと向かう。ただ、こんなところで、わたしの人見知りが発動してしまい、話しかけるか迷った結果、そっと近づくことになってしまった。しかも奥まった場所にいるため、顔もよくわからない。話しかけるにしても、タイミングを間違えて、相手の会話を邪魔してはいけないと思い、そっと耳を傾ける。
「奮発した甲斐があったな」
「使い方は聞いているな?」
「あぁ。普通にたけばいいんだろ?」
たく、という言葉が引っかかった。たく、というのは、焚く、とも使う。焚くといえば…
(―――香のこと?)
よく考えれば、周囲に人がいないのに、物陰に隠れてひそひそと会話する必要なんてないはずだ。
もしかしてわたしは、かなりやばい現場に遭遇してしまったのではないだろうか…?
一刻も早くこの場から逃げて、クレイたちにこのことを知らせなければならない。それなのに、いざ取引を目の前にすると、さっきまでなんともなかった足がすくんで、うまく動かない。
「―――ッ」
どうにか動いたと思ったら、よりによってドレスの裾を踏んでしまった。転びそうになったのをどうにか堪えたのだが、小さく声が出てしまった。慌てて口を抑えたが、間に合った自信がない。普段なら気にも留めないような声量でも、静かな空間ではよく響く。
「何か聞こえなかったか?」
「そうか?俺は気づかなかったぞ」
「…一応、見ておくか」
気のせいだと言って、そのまま会話を続けて欲しいのに、そんな願いも虚しく、物陰から、ひょいとこちらを覗かれ、体格の良い男とばっちり目があった。
「――――――見たな?」
険しい表情の相手から聞かれたが、わたしは思い切り首を横に振った。嘘はついていない。聞いただけで、見てはいないのだ。
「どっちにしろ、帰すわけにはいかない」
そこへ、もう1人の男がやってきた。
「なんだ、見られたか」
「あぁ、消すしかないな」
男の懐から取り出されたナイフに、悲鳴を上げたいのに、喉がキュッとなって、声が出ない。なんとか一歩下がったが、すぐに距離を詰められて、痛いくらいに肩を掴まれた。
「運が悪かったな」
そう言いながら振り下ろされるナイフを、わたしが避けることなんて、できるわけがない。
(―――助けて)
ギュッと瞑った瞼にうつったのは、クレイなのか、グレンなのか、自分でもよく分からなかった。
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