出会いと別れ
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わたしが小さい頃、父が初めて王城に連れて行ってくれたときのことだった。
「ここ、どこだろう…?」
父からはぐれないように、きちんと後ろをついて歩いていたつもりだったはずが、いつのまにか迷子になっていた。どこかの庭に出たのはいいものの、そこには誰もいなかった。まだ小さかったわたしには、庭がかなり広く見えて、永遠に続いているように感じたのだ。人見知りだったのも相まって、とにかく心細かったのを、今でもよく覚えている。
「どうしたの?」
父に会いたいと泣きながら、庭をウロウロと歩き回っていると、同い年くらいの少年から声をかけられた。
「お父様、いなくなったの…」
「迷子か。人を呼んでくるから待ってろ」
「やだ!行かないで!」
わたしをおいて、その場を立ち去ろうとする彼の袖を、思わず掴んでいた。また1人になるのが怖かったから。
「でも…」
彼は、誰が見ても分かるくらいに、困った顔をしている。でも、わたしだって引き下がるわけにはいかないのだ。
「お願い!」
わたしの必死さに、彼の方が折れてくれた。
「……じゃあ、一緒に行くか?」
「うん!ありがとう」
わたしは、掴んでいた彼の袖を離して、涙を拭くために目を擦る。涙を拭ったことで、歪んでいた視界が一気に鮮明になった。
そこでやっと、助けたくれた彼の顔をまともに見ることができた。心配そうにこちらを覗き込む、切れ長な瞳は、鮮やかなグリーンだった。宝石を閉じ込めたようなエメラルドグリーンで、思わず見惚れてしまう。今まで見た瞳の色の中で、1番綺麗だと思った。さらに、この国では珍しいシルバーの髪色が、彼の魅力をいっそう引き立てている。その美しさに目を奪われていると、なぜか彼の苦笑する声が聞こえた。
「珍しいだろ、銀髪」
「うん、すごくきれい!」
それを聞いた彼が、信じられないといった顔でわたしを見た。どうしてそんなに驚いた顔をするのかわからなくて、首を傾げる。
「あなたの髪、キラキラ光って、とてもきれいよ?」
太陽の光が反射して、彼の髪がキラキラと輝いていたのだ。当時のわたしには、あまりにも美しい彼が、天使のように見えた。
「この髪が、きれい、なのか…?」
「えぇ!」
目を見開いている彼に向かって、わたしは力強く答えた。それでも、彼は呆然とその場に立ち尽くしたままだ。もしかしたら、髪だけを褒めたのがいけなかったのかもしれない。
「もちろん、目も素敵よ!宝石みたいだもの」
彼は、自分の瞳を覆い隠すように、髪を伸ばしていたのだ。だから、わたしは彼の髪に手をかけて、瞳がよく見えるように持ち上げた。
「だから、隠しておくなんて、もったいないわ」
すると彼は、本当に嬉しそうに目を細めて、わたしに微笑んだ。
「ありがとう」
首を傾げるわたしに、気にするなと言った彼は、さっとわたしの手を取って歩き出した。
「俺はグレン。君は?」
「わたしはメイベル。ねぇ、グレンは何してたの?」
「本を読んでたんだ」
不思議と、グレンとは、人見知りなんてなかったかのように話し込んだ。庭師のおじさんに見つけてもらうまで、わたしたちの楽しいおしゃべりは続いたのだった。
その日から、グレンはわたしにとって特別な男の子になった。わたしのお気に入りの色が、グリーンとシルバーになったのは、言うまでもないだろう。
これが、わたしとグレンの出会いである。
迷子になった日から、わたしたちは大の仲良しになり、予定さえ合えば城まで会いに行くくらいだった。主にちょっかいをかけるのは、わたしのほうだったけれど。
他の人は、グレンのことを、無愛想だなんて言うけれど、わたしは気にならなかった。たしかに口数は少ないほうだったが、大事なことはちゃんと伝えてくれる。両親も、引っ込み思案のわたしが、珍しく心を開いたと喜んでいたものだ。
あとで知ったことだが、グレン・リスキアは、リスキア国の第3王子だった。迷子として遭遇したのは、わたししかいなかったと、今では笑い話になっている。
王家の中には銀髪がいなくて、グレンは、王女が外で作った子どもなのではないかと、もっぱらの噂だったそうだ。上の兄弟と年が離れていたのも、噂に拍車をかけた原因の1つだろう。あまり表立っては言われてなかったようだが、グレンに向けられる視線は、かなり冷たいものだったと聞いている。
これまで王家には生まれなかった銀髪、そして、噂を否定しない母と同じグリーンの瞳、自分の容姿に関することすべてが憎かったのだと、後にグレンが教えてくれた。
* * * * *
グレンと出会ってから数年がたち、わたしは11歳、グレンは12歳になった。
そんな時、グレンが留学することになった。それにはちょっとした理由があるのだ。
彼には2人の兄がいる。長男は、王位を継ぐ者として十分な資質を持っているようだが、次男はあまり向いてないと言われていた。
わたしも、彼らには何度か会ったことがある。長男は優しく朗らかな印象だったが、次男はどちらかといえば、威張って怒鳴り散らすような印象を抱き、苦手だった。長男とは10歳差、次男とは7歳差だったので、余計に威圧感があったのかもしれない。
以前は疎まれていたグレンだったが、時が経ち、優秀だということが分かると、周囲が手のひらを返したようにチヤホヤしだして、国王になることを期待しはじめた。しかし、グレンにその気はなかった。むしろ突然優しくなったため、居心地が悪いのだという。
ところが、本人の思惑とは裏腹に、長男とグレンのまわりで、勝手に派閥争いのようなものが引き起こされてしまった。そこで、これ以上余計な火種を生まないためにも、一度国外へ行くことを決めたのだと、グレンから聞かされた。
「勝手に決めて悪かった」
「ううん!寂しいけど、グレンが決めたことなら、応援する」
あのとき、行かないで、と言えば、後におとずれる未来は変わったのだろうかなんて、今でも考えてしまうのだ。
* * * * *
グレンが留学先へと旅立つ前日。わたしはグレンと最後の時間を過ごしていた。珍しく正装で現れたグレンの髪は、もう彼の瞳を覆い隠してはいなかった。
月明かりに照らされている庭を、2人で並んで歩く。
「ベル、これを君に」
グレンは、恥ずかしいからと、わたしと2人きりのときにしか愛称で呼ばなかった。
「素敵!グレンが選んでくれたの?」
「あぁ」
わたしがグレンから手渡されたのは、小ぶりなイヤリングだった。グレンから形に残るものをもらうのは初めてで、少々驚いたものだ。
「イヤリングに使われている宝石が、守り石と言われるものらしい。何かあったときにそれを身につけておけば、そいつが守ってくれるそうだ」
そういう言い伝えがあったから選んだのだと、グレンは少し照れながら話してくれた。
「ありがとう!大切にするわ」
プレゼントの喜びと、本当にグレンと会えなくなってしまうのだという寂しさで、視界が滲んでいくわたしの手を、グレンがそっと取り、自然と向き合う形になった。
「メイベル・ユーライト、俺と結婚してください」
こんなタイミングでプロポーズされるなんて、思っていなかった。わたしは、驚きとともに顔を綻ばせながら、出会った頃よりも、ずっと目線が高くなったグレンのことを見上げる。
「はい!」
この時間が、わたしの人生の中で、1番幸せだったかもしれない。大好きなグレンに、勢いよく抱きしめられ、彼の匂いがわたしを包み込んだ。
「必ずベルを迎えに行くから、待っていて欲しい」
「えぇ。グレンのこと、ずっと待ってるから」
グレンに言われるまでもない。彼が留学から帰ってくるまで、ちゃんと待ってる。そう返したときのグレンの笑顔を、わたしは一生忘れることはないだろう。あまりにもかっこよくて、心臓の音が、これでもかというくらいに速くなったのだから。
その後、グレンは慌ただしく旅立っていった。忙しい中でもきちんと、わたしとお別れする時間を作ってくれていたのだ。
結局、込み上げてくるものを堪え切れずに、泣きながら別れることになったのだが、せめて笑顔で見送っていればよかったと、すぐに後悔することになる。
翌日、グレンが旅の道中に山賊に襲われ、行方不明になったと連絡がきた。殺されたとも、命からがら逃げ出したとも言われており、生死は不明だ。
―――そして、あの日からずっと、わたしはグレンを待ち続けている。
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