誰も俺を愛してくれんのやろ?w
首を吊って死のうと思った。
ここは有名な自殺スポットの森の奥深く。
もう数時間はこうしてふらふらと彷徨い歩きながら自身の人生を振り返っていた。
「そういや、友だちいたことねえな……」
俺は幼少の頃から引っ込み思案で、他人と関わることを恐れていた。
学校では虐められっ子を経験したり、親には軽く虐待されたりして、俺は他人に敵視されることを極度に恐れ空気に徹するよう生きることになった。
自分のやりたいことも自分の将来も二の次にして、ただ人に目を付けられないようにだけを考えていた俺は、つまらん根暗な人間に成長した。
やりたいことも見えぬまま高校を卒業して、仕事も見つからぬままいたら、一ヶ月ほどで両親に追い出され、途方に暮れた俺は派遣会社の門を叩く。
ろくにコミュニケーションの取れない俺を担当の社員は胡乱な目で見たが、なんとか工場の案件を紹介してもらえ、派遣社員として生きることになった。
それから数年後、現在は齢25歳。
恋人もいなければ、友人もおらず、家族とも連絡を取っていない。
仕事は半年前に辞めた。
独り、工場で黙々とライン作業に従事する生活に嫌気がさしたのだ。
俺には楽しいことが何一つとしてなかった。
なぜ俺は働いているのか。
なぜ俺は生きているのか。
仕事から疲弊して帰り、ボロアパートで独り酒を飲み寝る。
そんな無意味な生活を繰り返すことが虚しくなったのだ。
転職も考えた。
だがこんな俺に工場以外の何が務まるというのか。
そもそも他の仕事に就いても、他人とコミュニケーションの取れない俺が孤独の道を脱することが出来るのか……。
やはり生きる理由がなかった。
だから死のうと思って仕事を辞めた。
「やっぱり俺の人生、価値ねえわ」
思い返せど楽しいことは何もなかった。
過去には恥しかない。
失態ばかりの生涯だった。
「もういいだろう、早く終わらせよう」
俺は首を吊るのに丁度良さそうな木の前に立ち止まった。
持っていた踏み台を足場にして、枝にロープをセットする。
「こんな感じでいいかな」
ロープの輪っかに首を入れる。
「――なんだ、全然怖くねえわ」
俺は一度目を瞑り、開いた。
「失敗したら、今度こそ自分に正直に生きてみるかね」
それから踏み台を蹴った。
「──っ」
早く意識飛べよ。
うぅ……。
想像以上に苦しいものだった、だが。
次第に意識が薄れててゆく。
――ああ、やっと終われるか。
こうして俺の無意味な生涯は幕を閉じた。
――はずだった。
目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
混乱している俺のもとに、初老の医者がやって来て経緯を説明した。
どうやら偶然通り掛かった登山者が俺の自殺を阻止したらしい。
そして、
「どんな理由があっても命を粗末にしちゃいかんよ」
と、医者は優しく言い、
「まだ若いんだから、いくらでもやり直せるよ」と俺の肩に手を載せて微笑んだ。
その言葉を聞き、俺は涙が出た。
自分のような人間でも涙を流せるのかと驚いた。
その事実をまえには、手に伝わる初めての感触も驚嘆には至らなかった。
俺は医者の首を握り潰していた。
苦悶の表情を浮かべるその医者をベッドに放り捨てて、俺は立ち上がる。
俺には心に決めていたことがあった。
もし、なにかの間違いが起こって自殺に失敗したら、ニンゲンを殺して回ろうと。
そう心に誓っていたのだ。
俺は病室のドアを開けて、廊下に出た。
まず目についた家族を殺した。
幼子二人を引き裂き、吠える父親を殴り壊し、狂う母の四肢をもいだ。
次にナースステーションで叫ぶ女の胴を蹴り飛ばした。上半身が臓物と血をこぼしながら転がっていき、廊下を赤に染めていく。
開いた病室で俺の凶行を見て、唖然としている男と目が合う。
俺はすぐさま跳躍して男の溝尾に蹴りを入れる。
男は口から内臓をボタボタと吐き出して絶命した。
警報が鳴る。
悲鳴がそこかしこから聞こえる。
誰も逃さない。
俺はニンゲンを忌む殺人器械。
ならばその務めをはたすのみ。
逃げ惑う人々を追う。
片っ端から息の根を止めていく。
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
気づけば悲鳴はすっかり止んでいた。
俺はひとり、屍山血河に佇んでいた。
何人ものニンゲンを血肉に変えてやったのだ。いい加減に疲れを覚ええ、いい感じの肉叢の上に腰を下ろした。
「なぜ俺はニンゲンを殺してるんだろう」
一息ついた俺は自身の犯した凶行を顧みる。
たしかに俺は人間が嫌いだが、果たして俺は人間を憎んでいただろうか。
俺というニンゲンを歪めるにたる出来事は幼少のころに確かにあったが、実際俺というニンゲンの性格を決定づけるほどのものだったろうか。
そもそも俺自身、今になって彼らに復讐を果たしてやろうなどと本当に考えているのか?
「……」
気づけば俺は、顎を手に載せて黙考に耽っていた。
考えても考えても答えの出ない問い、そも俺とは何者なるや?
それは死の淵に瀕して天啓のように閃いた――全人類殺害を成し遂げれば解答を得られるのではないか?
はたまたそれすらも全く的外れな求道でしかないのか?
そんな思考を重ねるが、こちらに近づいて来るサイレンの音に俺は思考を中断して腰を上げた。
「警察のお出ましか」
やがて何十体もの装甲車が止まり、中から武装した警官が飛び出し、大挙して盾を構え、壁のように整列した。
『犯人に告ぐ! 武器を置いて投降せよ!」
俺は応じることもなく警官らの壁に走り出す。
慌てて銃を向けられるが、それに先じて俺は回し蹴りを放つ。
その衝撃は、盾を構えていた先頭集団を盾ごとえぐった。
盾のかけらと人間の臓腑が宙を高く舞う。
呆気に取られる警官たち。
そんな隙を俺が見逃すはずもなく、警官一人一人の間を縫うように走り抜けて、全てを終わらせた。
すれ違いざまに心臓を潰してまわったのだ。
ばたりばたりと糸が切れたように倒れ伏していく警官らを見て俺はほくそ笑んだ。
「まるでドミノだな」
警官を退けた俺のまえに障害となるもの等もはや居ようはずもなく、今日この日を以て、全人類が俺に虐殺されることが決定づけられたのだった。
エピローグ
……ここは、どこだ?
目を覚ますと見知らぬ場所にいた。
見渡す先まで一面に美しい花が咲いている。
息を飲むほどに美しい景色が広がっていた。
……。
どこか、ここに至るまで長く険しい道のりを歩んできたような気がする。
それは堪え難いほどに辛い道程だったのかもしれない。
ふいに体に痛みが走り、膝を屈する。
……ああ、そうか。俺はもう死ぬのか。
恐怖はなかった。
なぜなら、
視線を向けると、花景色の中に少女が立っていた。
こちらを見て優しく微笑んでいる。
はじめて会う少女だが、なぜか確信を持ってわかる。
彼女は俺を愛しているのだと。
『―――』
彼女が俺の名を呼ぶ。
その声の、なんと耳に快いことか。
そうか、やっと君を見つけたよ。
これが愛なんだね。
斯くして――孤独を憎み世界を滅ぼした男は、最後に愛するものに抱擁され、静かに息を引き取った。
fin