72、
僕は視線を移した。おばあさんにもそれと分かるように、わざと咳払いをしてから、ゆっくりとズボンの膨らみまで落として止める。
おや? こいつが気になるのかい? 全く誰が電話してきてんだかね。あの子はここにはいないって言うのに。携帯電話を忘れるなんてあの子らしくはないんだがね、ちゃんと連絡はくれているし、なんの心配もしとらんよ。ただ、充電だけは切らさないように気を付けろとしつこいんだよ。
おばあさんは聞いてもいないことまでペラペラと話し出す。
ポケットから携帯電話を取り出したおばあさんは、僕に向かって画面を突き出した。なかなかにいい曲だろ? 誰が作った曲かは知っているかい?
おばあさんが携帯電話を突き出す意図は分からない。そこには僕の電話番号が表示されているだけだ。音楽がよく聞こえるようにとの優しさだろうか?
けれど僕はある予感を働かせている。それはきっと、妹も同じだ。その目が期待に輝いている。
あたしはこの曲が好きなんだよ。ずっと好きだった。まさかこれほど有名になるとは思わなかったがな。
それにしてもあんた達、いつの間にそんなに大きくなったんだい?
突然の言葉に僕と妹は固まるしかない。このおばあさんはなにを言っているの? どういう意味?
想像はできるし、本当は分かっている。けれど、そんなはずはないし、いつから気が付いていたのかも不思議だ。僕と妹だった少し前に気が付いていたけれど、確信ではない。なにせ僕と妹は、このおばあさんに会うのは初めてなんだ。生まれる前からの記憶がある僕が言うんだから間違いはない。




