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ゾンビ菌のおかげで、身体は疲れない。とは言ってもそれは、表面的な問題というか、構造上の問題というか、機能として問題なく作動するだけだったりする。筋肉を休めなければ、いずれは動きが鈍くなったり、別の場所に悪影響を及ぼすことになる。ゾンビ化した人間につきものの目の下の隈は、その象徴なのかも知れないと考えると納得がいく。ゾンビ菌は身体を無理矢理に動かしているに過ぎない。骨を折っても、内臓に疾患があっても、身体は動き続ける。頬がこけていたり、足を引きずっていたり、歯に開いた穴以外から血を流しているゾンビが多いのはそのせいなんだ。ゾンビ菌は、気がつかないうちに身体を蝕んでいる。
僕や母親は、そうはならないように脳で身体をコントロールしている。ゾンビ菌は、脳への攻撃だけはできないんだ。脳の機能をフル活用すれば、ゾンビ菌は最高の相棒とも言える。なんと言っても、永遠に近い命を得られる。身体の物理的腐敗には敵わないけれど、それを最大限抑止できる。母親の見た目は、僕を産んだときよりも若返っているくらいだ。中学生? 街を歩いていてそんな声を聞いたことがある。
脳へもゾンビ菌が支配している血流は送られてくる。血液がなければ、脳も機能はしない。それでもゾンビ菌に支配されない理由は、科学的には判明されていない。思考する力には勝てない。脳の機能というよりも、心が関係していると考えられている。心は心臓と繋がっているだけではなく、脳とも繋がっている。その心の力に、ゾンビ菌は手を出せない。そんな考えもあるけれど、別の考えも当然存在する。
ゾンビ菌が自らの意思で脳への悪影響を絶っている。なんのためかの理由も簡単に説明がつく。ゾンビ菌はそもそも、僕たちを殺そうとして住み着いているわけではない。僕たちと共に、長く生きていたいんだ。共存することを望んでいる。そのためには、全ての機能を支配することに意味はないと考える。その生き物の特色を残したまま、寿命を長くしていく。そして、全ての生き物と共に生きていくのが、ゾンビ菌の理想だったりする。
ゾンビ菌が本気でなにを考えているのかは分からないけれど、ゾンビ菌が脳への血流だけをコントロールしていないのは事実だ。自然なままに脳は働くことができる。むしろ、血流が悪くならないように操作はしているのも知れない。ゾンビ菌が蔓延してから、脳の病気は皆無と言っていいほどで、実際に脳外科の看板は減っている。
それでも人間は、ゾンビ菌の意図に気がつかない。いつまで経ってもゾンビを敵視している。