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物語と小噺

夢幻の国

作者: ごろり
掲載日:2021/01/03

ここはどこかしら?

見たこともない場所……

なんて美しいんだろう。

こんなに広々とした草原、近所にあったかしら?

色とりどりのお花も咲いて、気持ちの良い、穏やかな風が吹いている。

この花の香りなのかしら、夢のような甘い香りもしている。

それにお天気も良くて、私の小さなぼうやもごきげん。


「ママーー! こっちに猫ちゃんいたよ!」

「ああ、ぼうや、遠くへ行ったら危ないわ! 早くママのところへ戻っておいで」

「きゃはは! 猫ちゃんまってーー!」

「ぼうや! だめよ! 待ちなさい! 戻っておいでーー!」



「ぼうや、どこ? さっきまでそこにいたのに……」


あんなに穏やかに過ごしていたのに、一転してこんなことになるなんて! 私は母親失格だ……主人になんて言えばいいんだろう……

そんなことより、早くぼうやを探さなきゃ! きっとどこかで泣いているに違いない。

でも、体が震えて、脚がもつれてうまく歩けない。

早く、早く、気持ちだけは前に行くのに、身体は全く言うことを聞かない。



「おや? どうしたんですか?」


誰? 知らない男の人。私の父と同じくらいの歳かしら?

何だか親しげに近づいてくるけど、怪しい人じゃないでしょうね……

でも、悪い人では無さそう……優しそうで、声が父に似ているような。


「実は、息子を見失ったんです……」


私は思い切ってそう切り出した。藁にも縋る思いだったから。


「それはお気の毒に。いくつくらいのお子さんですか?」


親切な紳士は、気の毒そうな顔をして、震える私の体を支えてくれた。


「まだ四歳の、小さなぼうやなんです」


「そうですか。よろしければ一緒に探しましょう」


なんて優しい人かしら。こんなときだもの、申し訳ないけど頼ってしまおう。世の中捨てたもんじゃないわね。


紳士は私の体を支えながら、いつまでも一緒にいてくれた。



ん? 遠くから何か聞こえる!


うえーーん。うえーーん。


あれは、可愛いぼうやの泣き声だわ!!


紳士は私から離れると、小さな男の子を抱いて戻ってきた。


「ぼうや! ああ、私の可愛いぼうや!」


私は、ぼうやの小さな身体を抱き締めて泣いた。



「母さん、俺のことはすっかり忘れてしまったみたいだな……」


「……そんなことありませんよ。だって、あれは、あなたを探していたんだと思うの」


「だよね。若い母親に戻って、小さい頃のお父さんを探してたんだよ」


「…………」


「やだ、お父さん、泣いてるの?」


「あなた……」


「ひ孫を俺だと思ったんだな……」


「そうみたいだね。だって、この子、お父さんの小さい頃にそっくりだもん」


「…………」


「きっと、小さなあなたを育ててたころが、とっても幸せだったんでしょうね」


「……ああ。そうだといいな……」


「また、すぐに、みんなで会いに来ましょうね」


今度会うときは、この初老の男を、息子だと気づいて欲しい……そう願いながら、母のいる施設をあとにしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 恐らく認知症を患っている主人公の視点で語られているだけに、描写されているのはどこかふわふわした世界で、まさに『夢幻の国』だなと思いました。 分からなくなってしまったこともあるけれど、家族…
[一言] 一人称ならではの短編ですね! しっかりとオチがついていてよかったです。 息子さんの視点だと少し切ないですが、ひ孫までいるなら皆で支え合うすばらしい家族なのでしょうね。
[良い点] 成程、タイトルの「夢幻の国」とは、そういう事だったのですね。 後半の視点人物である息子さんの事を考えますと、何とも切ない気分になりますが、互いを思い遣る母子の情愛が健在なので、温かい気持ち…
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