夢幻の国
ここはどこかしら?
見たこともない場所……
なんて美しいんだろう。
こんなに広々とした草原、近所にあったかしら?
色とりどりのお花も咲いて、気持ちの良い、穏やかな風が吹いている。
この花の香りなのかしら、夢のような甘い香りもしている。
それにお天気も良くて、私の小さなぼうやもごきげん。
「ママーー! こっちに猫ちゃんいたよ!」
「ああ、ぼうや、遠くへ行ったら危ないわ! 早くママのところへ戻っておいで」
「きゃはは! 猫ちゃんまってーー!」
「ぼうや! だめよ! 待ちなさい! 戻っておいでーー!」
「ぼうや、どこ? さっきまでそこにいたのに……」
あんなに穏やかに過ごしていたのに、一転してこんなことになるなんて! 私は母親失格だ……主人になんて言えばいいんだろう……
そんなことより、早くぼうやを探さなきゃ! きっとどこかで泣いているに違いない。
でも、体が震えて、脚がもつれてうまく歩けない。
早く、早く、気持ちだけは前に行くのに、身体は全く言うことを聞かない。
「おや? どうしたんですか?」
誰? 知らない男の人。私の父と同じくらいの歳かしら?
何だか親しげに近づいてくるけど、怪しい人じゃないでしょうね……
でも、悪い人では無さそう……優しそうで、声が父に似ているような。
「実は、息子を見失ったんです……」
私は思い切ってそう切り出した。藁にも縋る思いだったから。
「それはお気の毒に。いくつくらいのお子さんですか?」
親切な紳士は、気の毒そうな顔をして、震える私の体を支えてくれた。
「まだ四歳の、小さなぼうやなんです」
「そうですか。よろしければ一緒に探しましょう」
なんて優しい人かしら。こんなときだもの、申し訳ないけど頼ってしまおう。世の中捨てたもんじゃないわね。
紳士は私の体を支えながら、いつまでも一緒にいてくれた。
ん? 遠くから何か聞こえる!
うえーーん。うえーーん。
あれは、可愛いぼうやの泣き声だわ!!
紳士は私から離れると、小さな男の子を抱いて戻ってきた。
「ぼうや! ああ、私の可愛いぼうや!」
私は、ぼうやの小さな身体を抱き締めて泣いた。
◇
「母さん、俺のことはすっかり忘れてしまったみたいだな……」
「……そんなことありませんよ。だって、あれは、あなたを探していたんだと思うの」
「だよね。若い母親に戻って、小さい頃のお父さんを探してたんだよ」
「…………」
「やだ、お父さん、泣いてるの?」
「あなた……」
「ひ孫を俺だと思ったんだな……」
「そうみたいだね。だって、この子、お父さんの小さい頃にそっくりだもん」
「…………」
「きっと、小さなあなたを育ててたころが、とっても幸せだったんでしょうね」
「……ああ。そうだといいな……」
「また、すぐに、みんなで会いに来ましょうね」
今度会うときは、この初老の男を、息子だと気づいて欲しい……そう願いながら、母のいる施設をあとにしたのだった。