殺意と安らぎ
セーラは、どうも言葉が上手く話せません。
なので、「”実際に話した言葉”」と[”訳”]という表現方法を考えました。
例えば、「けっこう、ちかれましゅたね…」[結構、疲れましたね…]とこんな感じです。
容姿の可愛さとは裏腹に、一切の感情が死滅した3歳の私は、街でも少しだけ浮いた存在だった。やる気になれば、愛想を振りまく程度は可能だが、必要性を感じなかったのだ。
歩けるようになれば、私の天下だ。街の外に広がる自然は、暗殺のための道具箱である。街と外を仕切る柵も壁もない。人外のための結界以外、出入りを阻害する物は何もない。3歳児でも問題なく、外へ出ることが可能だ。
まずは生態系の調査だ。街の近辺に生える草花、また大きな石の下に住む昆虫や、草むらにある小動物が住む穴などを確認していく。
毒薬の材料は見つけ、思わず笑いがこみ上げる。しかし、制作しても保管する場所がないため、採取を我慢する。
また河原に行き、手頃な石を砕き、ストーンナイフを作成する。更に細い流木を削り、槍を作成した。この木槍は、そこらの茂みに投げ込んでおく。
また何者かに襲われた場合の避難場所を選定していく。その場所は、茨がひしめき合う獣道のトンネルだ。そのトンネルの手前に、トラップゾーンを作成していく。
「けっこう、ちかれましゅたね…」[結構、疲れましたね…]
舌や唇などが思うように動かず、話すのが苦手だ。たまには発声練習を兼ねて、独り言を言うようにしていた。とりあえず、3歳児の私が出来る仕掛けは全て作った。30日に及ぶ安全地帯作成の大プロジェクトは完了したのだ。
(ふふっ。後は、邪魔者を消していくのみでしゅね。あっ、また、でしゅ…と言ってしまった…)
多少、帰りが遅くなっても、父親のライズは、無愛想な私など気にも留めないのだ。余裕を持って、自宅に帰ると、兄のラークは必死の形相で走ってきた。
「セーラ!! 駄目だよ、一人で遠くに行ったら危ないよ」
それでも無表情の私を可愛がってくれる兄のラーク。テクテクと歩く私を抱きしめ、高い高いしてくれるのだ。
「おにぃ!」[お兄ぃ!]
何故か、自然と言葉が紡ぎ出される。私の感情が死滅した瞳を覗き込み、「お兄ちゃんは、いつでもセーラの味方だよ」と言ってくれた。
『みんな死ねば良いのに。』と言う結論に達していた私に、死んで欲しくないリストが作られる。現在、リストにある名前は、もう別の赤子の乳母になってしまったエイラとお兄ぃの二人だけだ。
夜遅くまで仕事をしている父親のライズは、仕事を終えると飲みに出かけてしまう。私は、9歳のお兄ぃが作った料理を一緒に食べる。正直、料理を楽しむ趣味はない。生肉だろうとカビたパンだろうと口に入れば良いのだ。まぁ、手間がかからずに美味しければ、そっちの方が良いのだが…。
「セーラ。お兄ちゃんはね。10歳になったら、商業学園に行くんだよ。学園は全寮制で帰ってこれないんだ。だからセーラは、頑張って自分でご飯を作らないと駄目なんだ」
「がんばりゅ」[頑張る]
「セーラはお兄ちゃんが好き?」
「しゅき」[好き]
(特に意味はない。好きだと言ってみたかったのだ)
「お兄ちゃんもセーラが好きだよ」
「うん!」[うん!]
こんな会話でも、表情一つ変えない私を不憫に思ったのか、お兄ぃの頬を涙が伝う。
「ねぇ、セーラは、昔、笑ったよね? 何で今は笑わないの?」
(それはね、愛想を振りまいて、守ってもらわないと生きていけない期間が終わって、今は、いつでも誰でも殺せるからだよ? お兄ぃちゃん!)