抑制と成長
赤子の時間とは、本当に無駄な時間だ。首がすわるのに3、4ヶ月。6ヶ月目でやっと寝返りが、7ヶ月で座れるようになる。9ヶ月待たなければ、ハイハイで移動も儘ならぬではないか!?
なので、今は情報収集に専念する。ここは王都から、それほど離れていないオーデルという小都市。父親はライズは、作物を中心に売買する商人。母親のティリスは、私と出逢った翌日に息を引き取った。また聞き取れる会話の中に、王族や裏稼業の関係者に繋がる内容も、王族が行方不明という内容も無かった。そりゃ…そうだろう。私は隠し子的な存在なのだから、間違っても国を挙げての大捜索などあり得ない。
(以上、情報収集でした…。碌な情報がない。我ながら情けないな…)
この少ない情報から、何故殺されずに生かされているか? という問題を考えてみる。
まず、隔離などされてないため、身代金目的ではないだろう。ならば隠し子の存在が消えればよかったのか? それこそ誘拐よりも殺害のほうが手っ取り早い。となると、現時点では、逃走の途中で幾度も誘拐犯の勢力が変わったため、私の存在を見失ったと、考えるのが一番妥当なのか?
是非、見失って欲しいものだ。私は私の目的のために、不要な勢力に干渉されたくないのだ。
私を奪うときに各勢力が、きっちり隠蔽工作をしていれば嬉しい。しかし、現実は、そんな都合よくいくはずもなく、何処かの勢力が私を探そうとした時、簡単に、この家族までたどり着けるだろう。
最低でも、5,6歳まで待ってくれないかな? 心配していても何も出来ないのだ。今は運に身を委ねるか…。
(それに、お腹が減ったな。おっぱいでもねだるか!)
泣き声を上げ、エイラを呼ぶ。エイラは、私を抱き上げると、おっぱいを出す。待ちわびていた私は、躊躇なく乳を味わう。6度目の赤子だが、エイラの乳は美味い。しかし、この体は不良品ではないかと考える。授乳時に空気を大量に飲んでしまい、げっぷが出来ないため、折角飲んだ乳を吐き戻してしまうのだ。以前は、それほど空気を飲んだ覚えはないのだが…。
さて、お腹も満たされたことだし、今後の計画を立てようではないか!! ターゲットを暗殺するために、生まれてきたのだが、ターゲットを全く思い出せない。これは…多分…いつか思い出すとして、今は、暗殺のために、何を目指すかが重要なのだ!
騎士で剣術を、薬草師で毒薬を、楽師で幻術を、盗賊で隠密を学んでも、暗殺が達成で出来なかったのだ。それほど、ターゲットは強者なのか? 少しワクワクしてしまう。
ずばり、暗殺者? いえいえ、そんな夢物語みたいな職も組織も、5度この世界を体験してきて、見たことも聞いたこともない。しかし前職から推測するに、どうも接近戦で負けているようですね。ならば、狩人ですか? 弓ですかね? 遠くからヘッドショット狙ってみますか?
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1歳と3ヶ月。念願のつたい歩きが出来るようになり、行動範囲が広がる…。と言っても、自宅と繋がっている商談する店舗まで行けるようになっただけのこと。それぐらいしか、暇つぶしが無いという事実!! 兄のラークは、倉庫の管理のため、日中は家にいない。また仕事が終わっても、何処かで遊んでから帰ってくるらしい。
店舗に遊びに行くようになって、違和感を感じた。もしや監視されているのでは? と思うことがある。それは客の些細な表情の変化だ。私に興味がある者、無い者がいるのは、違和感を感じない。しかし、何故か、ほっとした顔をする人物がいるのだ。それも毎回…。
(完全に怪しい。可能であれば殺したい…)
しかし、1歳と3ヶ月では、毒薬の材料を集めるのも、製作するも難しいだろう。
(どうするべきか…。いや、今は…様子見しか出来ないのか…)
しかも、この客は、週に一度来るのだが、商談中も一切飲み食いしないで帰るのだ。これでは毒を盛れないではないか!! また商談の内容からでは、こいつの正体に辿り着けそうにもない。
ならば、テーブル上にある商談に使われる資料を読もうとしたが、この簡易ベッドからだと位置的に資料が読めない。ならば…近づく? いえいえ、この簡易ベッドは、強固な牢獄とイコールであり、決して 1歳と3ヶ月では、脱獄できないのだ。
(これも今は、諦めよう)
それと言葉なのだが、脳は大人なので、思わず…「パパ」や「にぃにぃ」とか以外の高度なことを口走ってしまう。これが転生の難しい所だ。しかし、体は赤子、どうにか舌と喉の動きが散漫なので、誤魔化すことが出来るのだが…。それでも父親のライズが首を傾げることがある。