人形
大きな宝箱内の温度もかなり上昇してきたが…。想定では火の周りが早く、手に負えなくなった盗賊は、宝物殿の入り口を閉じる。すると酸素がなくなり鎮火するというシナリオだ。
(やはり馬鹿な盗賊たちを、利用するにはリスクが大きすぎたか?)
大きな宝箱は耐火構造だ。外側は鉄製であり、内側は布で覆われていた。内と外の間には、耐熱用に熱伝導率の低い何らかの素材が用いられているのだろう。その布に手を置くと玩具の人形に手が触れた。
(これは…いつの間に? 切羽詰まった状態だったのに、ずっと持っていたのか? ありえないぞ? あぁ…。酸欠だ。意識が…)
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「熱い…。なんだこの部屋は。壁が熱で溶けちまっている…」
「駄目だ。バデル達は駄目だ。もう助からねぇ!!」
「ガキは…。何処だ?」
「この熱じゃ、跡形もねぇだろ?」
「ボスが、探せって…」
「いたぞ!! 宝箱の中だ!!」
右手を引っ張り上げられる。ブランとした左手には、玩具の人形が握られていた。
「まだ…生きているぞ!?」
「おい、誰か! ボスを呼んで来い!!」
(空気が…はぁ、はぁ、脳に障害が残ってなければよいが…)
盗賊時代に学んだ仮死状態のテクニックが役に立ったか…。宙吊り状態の私の目には、ゾロゾロと部下を引き連れて来たボスが…。
「宝箱に? 本当に、何者なんだ? このガキは…」
そのボスは…視線を僅かにずらし、私の左手に握られた…玩具の人形を見た?
「お、おい…。そのガキの手を離すなよ」
今なら、ボスを殺すことは可能だ。問題は、その次、この部下たちを殺しきれないことだ。
(この部下たちを利用できないか? どうにかして、ボスを抑えたいのだが…)
そう考えたときだ。部下が一斉にボスに襲いかかり、ボスを束縛した。
「は、はい?」[は、はい?]
思わず声が出てしまった。これはどういうことだ? 何が起こった!?
「おい、おまえ、おろすでしゅ」[おい、お前、下ろすです]
私を掴んでいた男に命令すると、驚くことに従順に従った。つまりは…この玩具の人形?
「これは、なんでしゅか? こたえなしゃい」[これは、なんですか? 答えなさい]
ボスに向けて、玩具の人形を掲げると、顔を歪めた。やはり何かある…。
(皆殺しにしたいところだが、まずは、逃げ出すことを優先するか…)
これが幻術だとして、いつまで効果が続くかわからないのだ。