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4話 華麗なる社交界

連載版はじめました。プロトタイプとの違いをお楽しみください。

※連載版こちらの内容に追いつきました。

「お姉様きれい……」

「うふふ、ありがとう」


 アンジェはグローブをはめながら、きらきらした目で見上げてくるルシアを見て微笑んだ。仕立てを頼んでいたドレスも出来上がり、とうとう社交界デビューの日が訪れた。アンジェの白く輝くドレスはほっそりとした彼女のスタイルを際立たせ、繊細なレースとフリルが彼女の若々しさを際立たせている。


「ルーカスさんもきっとうっとりするわ」

「……そうかしら」


 ルシアの言葉にちくりと胸を刺されながら、アンジェは部屋を出る。


「お姉様! ルーカスさんがきたよ!」


 ずっと下で待っていたライナスが、アンジェを大声で呼んだ。


「こんばんは、アンジェ・ハンティントン嬢」

「良い夜ですね。ルーカス・エインズワース伯爵」


 ゆったりと階段を降りてくるアンジェ。その姿にルーカスは思わず見とれた。


「綺麗だ」

「……ありがとう」

「ルーカスさん、お姉様をよろしくね!」


 力いっぱいにライナスに頼み込まれたルーカスは苦笑しながら答えた。


「ああ、もちろんだ小さなナイト君」

「じゃあ、ハンナの言う事を聞いてちゃんと寝るのよ」

「はーい」


 ライナスとルシアに見送られて、二人はエインズワース家の馬車に乗り込む。


「では行こう、婚約者殿」

「心得てますわ」


 途端に固い表情になったアンジェの手をルーカスはそっと掴んだ。


「大丈夫、俺が側にいるから」

「……え、ええ」


 そうして馬車は王城へと向かっていく。絢爛豪華なエリトリアの社交界へと。


「ルーカス・エインズワース伯爵、アンジェ・ハンティントン男爵令嬢のご到着です」


 従僕の声にアンジェは、ルーカスの腕を取り前へとすすむ。噂の伯爵様の横にいる見知らぬ令嬢に刺すような視線が飛ぶ。アンジェは貼り付いたような微笑みでそれを受け止めた。


「……まあ皆さん興味津々よね」


 彼らの気持ちを考えればそれもいたしかたない、とアンジェは割り切るしかない。


「行こう、婚約者殿」

「……ええ」


 アンジェはルーカスの腕に引かれて、広間へと進み出る。


「こんばんは。まあ、可憐ですこと……」


 するとすぐにグレンダがアンジェのそばにやってきた。アンジェはドレスの裾をつまみ、彼女に挨拶をする。


「カーライル公爵未亡人……ごきげんよう」

「ふふふ……ほら、皆さんご紹介しましょう。このご令嬢は亡きハンティントン男爵の長女、アンジェ・ハンティントン男爵令嬢ですのよ」


 グレンダが取り巻きの紳士淑女にアンジェを紹介する。


「さっき、エインズワース伯爵がエスコートをしていたようだが?」

「ふふ、正式に告知はまだですが二人は婚約してますの」

「おお……ついにあの『鉄の伯爵』が……おっと……」


 その間、アンジェはあいまいな笑顔を扇で隠してやり過ごした。それにしても王城での舞踏会がデビューの場所になるとは……。いや、アンジェは父に付いてへーリア帝国の宮殿に行った事もあるのだ。外国語だって話せるし、他の令嬢達になんらひけをとることはない。


「アンジェ、大丈夫かい?」

「なんてことないわ」


 耳元でささやくルーカスに、つんとすましてアンジェは答えた。ルーカスの助けなどいらない。私は私の立場を全うしてみせる、と。その時だった。朗々とした声がルーカスの名を呼んだ。


「ルーカス!」

「殿下」


 振り返ったルーカスの視線の先には金髪の巻き毛の貴公子がいた。年の頃は二十代前半といったところだろうか。


「……で、殿下ですって?」

「ああ、クリフォード王太子殿下だ」


 気軽にルーカスを名前で呼ぶ王太子殿下は、にこやかに近づいてくる。ルーカスとアンジェは彼に頭を下げた。


「顔をあげてくれ。久し振りではないか、わが命の恩人」

「殿下、それは臣下として当然のことですので」

「しかし、事実だ」


 王太子殿下はそう言いながら横のアンジェをちらりと見た。


「しばらく社交界から姿を消していたと思ったら……」

「婚約者のアンジェ・ハンティントン男爵令嬢です、殿下」

「なんとまあ……よろしくハンティントン男爵令嬢」

「は……王太子殿下」


 さすがにこの大物の登場にはアンジェはかちんこちんに固まってしまいそうになった。


「では後ほどゆっくり話をしよう、ルーカス」

「はい」


 そう鷹揚な態度で殿下は去って行った。


「ああ……おどろいた……」

「きさくな方なんだ」

「あなたがお気に入りとは知っていたけれど、あんなに親しげとは知らなかったわ」

「これで、俺が令嬢から追いかけ回されるはめになったのがわかっただろう」

「そうね……」


 アンジェはちらりと会場を見渡した。すると何人もの令嬢がひそひそと何か話ながらアンジェを見ている。なかにはじっとりと睨んでくる者もいる。


「……大変そうね」

「だろう」


 ルーカスは冷や汗をかいているアンジェの様子を見て、苦笑した。


「大丈夫かい、これから国王陛下と王妃陛下に拝謁するんだろう」

「それとこれとは……」

「ま、頑張ってこい。あそこでグレンダが待ち構えている」


 ルーカスに言われてアンジェがグレンダを見ると、彼女は扇で口元を隠しながらこちらを見ていた。その目が早くいらっしゃいと語っている。


「い、行ってきます!」


 アンジェは慌ててグレンダの元へと駆け寄っていった。


「素晴らしかったです……あんな威厳のある方をはじめて見ました」

「そう、良かったわね」


 一方で、国王夫妻への拝謁を終えたアンジェは高揚感から頬を火照らせていた。グレンダは初々しいその反応を微笑ましく横で見守っていた。


「さあ、あちらでお喋りしましょう? 喉が渇いたわ」

「ええ、カーライル公爵未亡人」


 社交界の女帝と影で言われるグレンダがカウチで飲み物を求めると、取り巻き達がいっせいに集まった。


「そちらのご令嬢は? レモネードをお持ちしますか」

「は、はい……」


 アンジェは老若男女問わず慕われるグレンダの人望に驚きながら、彼らと談笑を楽しんだ。この間まで、明日の食事に事欠くほどに困窮していた自分が、着飾って、きらびやかなこんな空間にいる。アンジェは信じられない……と心の中で呟いた。


「ここにいたのか」

「ルーカス……」


 アンジェを見つけ、一直線に彼女の元に向かってくるルーカス。艶やかな黒髪に黒い礼服が長身に映えている。その切れ長の目を細めながら、彼は手を差し出した。


「アンジェ……踊らないか?」

「え……」

「まさかもうダンスカードがいっぱいだなんて言わないだろう?」

「も、もちろん……何も……」


 グレンダの取り巻きもルーカスを差し置いてダンスを申し込む度胸など無かった。


「……では」

「はい」


 アンジェはルーカスの手を取ると、広間の中央に進み出た。ゆったりとした音楽に身を任せ、ステップを踏む。


「上手だね」

「ルーカスのリードが上手いからです」


 アンジェはそう褒められても素直に喜べなかった。これは婚約者として踊る姿を見せつければいいのであって……と余計なことを考えてしまうからだ。確かにルーカスのリードが巧みなのは事実なのだが。


「これで、後戻りはできない。婚約者として……よろしく頼む」


 踊りながらルーカスはアンジェに囁いた。

「ええ、言われなくてもそのつもりです」


 アンジェはルーカスに腰を抱かれながら頷いた。そうして……アンジェの社交界デビューの夜は終わった。


「ふう……」


 夜会が終わり、アンジェは一人ベッドの中で寝返りを打った。華やかな舞踏会。アンジェだって憧れていなかった訳では無かったし、デビュッタントとして国王夫妻に拝謁できたのも光栄だった。だけど……。


「あんなダンスを踊りたくなかったわ」


 あの後何人かと踊ったけれど、アンジェの心は晴れなかった。


「わからないわ……あの人が。本当にわからない……」


 ルーカスのアンジェを見つめる目の色。一瞬、情熱的になったかと思うと、すぐに氷の様に素っ気なく変わる。その度に……アンジェの心は揺れてしまうのだった。


***


 数日後の午後、アンジェは顔いっぱいに嫌悪感を浮かべて応接間のソファーに座る叔父ブラッドレーと対峙していた。


「やあ、アンジェ。達者なようでなによりだ」

「……それはどうも」


メイドのハンナには双子達をけっして子供部屋から出さないようにと言い含めてある。


「ここは隙間風も雨漏りもありませんし、食事も毎食食べられますので」

「そんなことになっていたとはすまなかった。言ってくれたら良かったのに」

「……」


 アンジェはブラッドレーの面の皮の厚さに呆れた。窮状なら何度も彼には訴えたのだ。その度に鞭を持ってアンジェを打ち据えたことなどとうに忘れたというのか。ただ……これでも後見人なのだ。何か理由をつけてライナスを連れ帰られては叶わない。


「叔父様、どうしたのですか。訪問カードも無しにいらして」


 せめて、叔父の不作法を非難しつつアンジェは彼の訪問理由を聞いた。


「なに、ただカッセルに着いたから一度挨拶に来ただけだ」

「そうですの。こちらはエインズワース伯爵のおかげで安泰に暮らしてます」

「そ、そうか……私も彼の紹介で近頃、社交場に出入りしていてね」

「そうですか。ハンティントンの名産品の評判は?」

「上々だ。それで……ちょっと手持ちがいるんだ」

「……は?」


 アンジェはブラッドレーが何を言っているのか本当に分からなくて思わず取り繕うことも忘れて聞き返した。


「いや、ちょっとした紳士の嗜みだよ。貿易に明るい名士がだな、カードで勝ったらうちの特産品をたんまり買ってくれると……」

「叔父様……」

「まあ、女のお前には分からないだろうが……」


 アンジェは心の底から呆れた。ハンティントンにはそれなりの財産があるはずなのに、なにもかもルーカスの世話になっているアンジェの元に金をせびりにくるなんて。


「――で、いかほどご入り用で?」


 その時だった。応接室にズカズカと入ってきたのはルーカスだった。ドアの横で従僕のトビアズが申し訳なさそうな顔をしている。


「はは。少しですよ」


 ブラッドレーは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐにへらへらとした顔をして答えた。


「……小切手を切りましょう」

「ルーカス!」


 アンジェはそんな要求に応える必要なんてない、と彼に呼びかけた。


「まあ、色々あるのでしょう」

「そうだぞ、アンジェ。伯爵、助かりました。必ずお返ししますので」


 目的を達成したブラッドレーはもう用はないとばかりにアンジェの家から去った。


「困るわ、ルーカス。叔父様を調子に乗らせないで」

「なに、少額だ。とっとと目の前から消えて貰いたかったんだ。君だってそうだろう?」

「それは……そうですけど」


 あのまま居座られたらアンジェだって困る。結局、ルーカスの用意してくれた宝石のひとつでも渡していたかもしれない。


「社交場のことはわからないけど、叔父様はいつもあんななのかしら」

「……紹介はしたが、それ以上のことは彼次第だな」

「はあ……」


 それでも身内、そして後見人なのだ。アンジェはとても恥ずかしかった。なぜあんな人を父は後見人に指名したのだろう。


「……アンジェ、元気を出して。そうだ、ライナスとルシアもつれて公園に行かないかい」


 落ち込んでしまったアンジェを慰めるように、ルーカスは散歩に誘った。


「薔薇が綺麗だよ。見に行こう」

「ええ」


 ルーカスはライナスとルシアのことは本当に可愛がってくれる。探してくれた家庭教師はよくやってくれているし、双子達もルーカスのことを兄のように慕っている。


「……だけど、私には時々意地悪だわ」

「何か言ったかい?」

「いいえ、なんでも!」


 ルーカスとアンジェは仕度を済ませた双子を連れて公園を散歩した。美しい見頃の薔薇はブラッドレーの訪問で曇っていた心を癒してくれた。


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連載版はじめました。
色々マシマシでお送りいたします。

没落令嬢は鉄の伯爵の愛し方がわかりません【連載版】

❁❁❁よろしくお願いいたします❁❁❁
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