もう1つの出会い
雄太があてもなくここまで来たことを告げると、葵は心底あきれた。
葵はまず雄太の家に電話を掛けさせ無事を伝え、その上で今日は勉強会をするようにいい帰るまでの猶予をもらう。その辺の話し合いが上手くいってないと感じたら、すぐに彼女は電話を替わり、話をつけた。
「君、後先考えなさすぎ」
「すいません」
「じゃあ、模試の点数を見せなさい」
「は、はい……」
2人は喫茶店に入っていた。
店内のお客さんはまばらだが、雄太の年齢にも近そうな人もまだ勉強していて少し安心する。
「これまたひどい点数ね」
「おっしゃる通りです」
「1日何時間勉強してるの?」
「3時間です」
「それだけしてこの成績か……ただやってるだけの勉強ね、それ」
「えっと……」
「全然身になってないってこと」
雄太が目の前にいる葵の言うことを聞こうと思ったのには訳がある。
1つは親や担任よりも彼女の言葉がもっともだと思ったこと。
1つは頑張ると言っただけで、より親身になってくれていること。
そしてもう1つはあまり異性とおしゃべりをしたことがない雄太にとって、葵は話がしやすかったことだ。
いい加減な気持ちで、言ってないことは伝わってきたし、自分の為に真剣に話をしてくれることを感謝もしていた。
「貝塚さん、僕どうしたら……」
「勉強の面でどうしたいのかをまず教えなさい。そもそもこの志望校にしたのはなんで?」
「担任の先生が僕の成績でも頑張れば入れるところを選んでくれて、塾の講師の人もそこなら……あと、両親も……」
「あのねえそんなことどうでもいいんだけど。君がどうしたいのかを聞いてるの」
「……」
雄太は言葉に詰まる。
自分でここの高校に通いたいという明確なビジョンを持っていない彼にとって、その質問はシビアだった。
「答えられるのなら、見ず知らずの私なんかに聞いたりしないか。じゃあ、頑張る気があるのなら1つ提案したいんだけど」
「はい……」
「開王学院、私が通ってる高校ね。そこを志望校にしなさい」
「えっ!」
そこが有名な進学校であることは雄太も知っていた。
今の雄太の学力ではどうひっくり返ってもどうにかできない。
「一緒の高校に受かって見せなさい。難しいと思うけど、だからこそ合格した後に頑張ったって実感できるわ」
「でも、僕じゃあ……」
「大丈夫。本番まではまだ半年くらい日数がある。ちゃんとそれまで面倒見てあげるから」
「どうしてそこまで親切にしてくれるんですか?」
「た、ただのきまぐれ」
この時の葵は色んな問題を抱えていた。
親と会話を交わした時に、自分と重ねてしまった部分もあって、少しだけ彼に同情してしまったのだ。
だからこそちょっと助けてあげたいと思い、勉強を見てあげようとした。
「ありがとうございます……」
「それと、さっき見たことは忘れなさい」
「えっと、絡まれてたことですか?」
「水着の方よ」
「忘れられるかな」
「誰にも言うことがない様に」
「は、はい……」
雄太の素直さは変わらない。だが、この時はまだ葵をそれほど意識していなかった。
葵の方もまたまだ彼をさほど意識していない。
だが、それは徐々に変化していくことになる。
☆☆☆
夏が過ぎ、季節は秋を迎えた。
雄太は葵の言いつけ通りに勉強に励み、最初こそ変化のなかった成績はこのころになると上向いてきて来ているのが明白になり、そのタイミングで葵は雄太の両親に志望校を開王学院にすることを切り出した。
無謀ともいえるその志望校に、彼の両親は高笑い、怪訝な表情を浮かべたが、最終的にはそれを葵が認めさせた。学費の問題や通えないことを後からとやかく言われないよう、書面にまでしてもらう。
この時期になった時、貝塚葵は雄太の合格を心の底から信じていた。
雄太の勉強に取り組む姿勢と成果を評価し、残りの日数も考慮して間に合うという判断からで――
彼女だけはどんなことがあろうと、雄太の味方をしてくれた。
「貝塚さん」
「君、声が大きい」
週末は葵の最寄駅で待ち合わせて、いつも図書館で勉強する。
それが最近では日課になっていた。
もちろん、長時間の電車内でも英単語を覚えたり時間を無駄にすることはない。
雄太自身も葵の言うことを120パーセント聞いて、期待していることがわかってからは、その気持ちを裏切らないように取り組むことで意欲を高め、結果も出していく。
「今日からは家で勉強しましょう」
紅葉したイチョウの木を眺めながら、今日も図書館に向かうものとばかり思っていた。
雄太は遅くなってしまった時など葵を家まで送っていたが、中まで入ったことが1度もなかったのでその申し出は少し驚く。
「えっと……」
「大丈夫、親はいないから。気を遣うこともないわ」
そして、葵が普段送る家の方とは別の道を進んでいくのにも少し戸惑った。
出会ったとき、水着だった理由等は聞かされていたので、雄太は葵を知った気になっていたが、何か隠し事でもあるのだろうかと勘ぐってしまう。
「ここよ」
そこは新築のマンションだった。
雄太も来たのは初めてで、住人以外は入り口で部屋番号を呼び出し、中からドアを開けてもらわないといけないらしい。葵がカードをかざしドアを開ける。
「貝塚さん、引っ越したんですか?」
「まあね」
葵は家の中に簡単に男の子を招き入れる子ではない。
そこには雄太に対し一定の評価を得たからというのと、もう一つ理由があった――
「ただいま」
「おかえりなさい、お姉ちゃん。今日ははやかった……のえぇ! お姉ちゃんが男の子連れてきた!」
「杏、前に話したでしょ。秋馬雄太君、勉強を教えてるのよ」
「はじめまして……」
ご両親はいなかったが、妹は在宅だったらしい。
杏は葵にしがみつき、隠れるように身を隠す。
雄太を見た瞬間に、杏の体は小刻みに震えだしていた。
「はじめまして……」
互いに探り合うような視線を向ける2人に、葵は大きなため息をついた。
これが秋馬雄太と貝塚杏との出会いだった。
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明日も投稿……出来るように頑張ります……
無理だったらすいませぬ