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最初の挨拶

 その日、雄太は自転車を人生の中で一番漕いだ。


 突きつけられた現実からひたすら目を背けたかった――

 だから、行く当てもなくただただペダルを回す。

 夕日は沈み、月が出始めてもなお足を止めなかった。


 隣町を過ぎたころから、視界には見たこともない風景が広がる。

 そのことは新鮮で、それが雄太を少しだけ勇気づけ、知らない場所へと運んだ。



 いつしか小高い丘を登り、そこからの夜景を眺めていた。

 出尽くしたと思った涙はまた勢いよく流れ始める。

 ひどい顔だ。


 誰もいない、周りが暗闇の中、ベンチしかないその場所は光がさしていた。

 住宅街からは離れているようで、とても迷惑になるところでもない。

 ここなら楽器の練習をしていても苦情など気にすることもない所――


「うわあああ!」


 お腹からありったけの声を出す。

 それは魂の叫びのようだった。

 体力のない雄太が5時間も自転車にまたがっていたことは奇跡に近く、膝も手もがくがくする。

 ここがどこかもわからず、帰り道もわからない。


 日は沈んだとはいえ、真夏で蒸し暑く体力を消耗していたために少しだけ頭がふらつく。


「僕のばっかやろ~う!」


 両手をこれでもかと握りしめ、雄太はもう一度大声で叫んだ。

 最悪な日だった。

 初恋の女の子に振られて、模試では志望校E判定。


 恋でも勉学でも敗れ去った。

 自分という存在をひどく憎み、嫌い、もう何もかもがどうでもよく、すべてを諦める一歩手前。

 言いようのない深い闇に逆らい、ただ叫ぶことしか彼にはできなかった。

 中学3年生の秋馬雄太はどうしようもない子供だったのだ。


「まったく、大声でうるさいわね」


 突然の背後から声の声に、雄太は驚く。

 当たり前の注意にもムッとしてしまうほど、自分は正常な状態ではないと感じた。

 だがこの場に人がいるとは思わなかったと、同時に少し恥ずかしくなった雄太は謝ろうとゆっくりと振り向く。


「っ?!」


 目に飛び込んできたのは、さらりとしたロングの黒髪、青く澄んだ目を細め、小さな口を尖らせた女の子。

 ベンチの近くにある外灯にその姿がさらされる。

 驚きの理由は彼女が美少女だったからだけではない。

 白い肌が大きく露出した刺激の強い水色のビキニ水着姿だったことがが激しいインパクトを与え、雄太の目を釘付けにした。

 そのあまりの美しさに言葉も出ない。


 こんな間近で美少女の発育した胸元など見たことがなかった彼は1歩後ろに下がる。

 なんでこんな場所に水着姿でいるのか、雄太の理解は追い付かない。


「こんな夜にただただ大声で喚いて、私を驚かさないでくれる」

「……」

「聞こえたならはいって返事」

「なんで水着を……?」

「はいって返事」

「……はい……」


 目の前にいる人よりも、自分の方が間違いなく驚いている雄太はその衝撃に流れていた涙が止まった。


「それで、君は夜にこの蒸し暑い中、こんな人気のない所でいったい何してるの?」

「……あなたこそなにを?」

「先に聞いたのはこっち」

「……」

「ただのキチガイ?」

「初恋の女の子に振られて、模試でE判定だったただの馬鹿ですよ」

「泣いて、喚くとそれは解決するの?」

「しないと思いますけど、少しは立ち直りのきっかけに……」

「無意味ね!」


 水着姿の葵は断言する。


「なっ、なんでそんなことわかるんですか?」

「だって君、落ち込むほど自分を磨いたの? 泣くほど真剣に勉強したの?」


 ぐさぐさと雄太の心に葵の言葉が突き刺さった。

 さんざん自分で自分を責めていた雄太だが、見ず知らずの人に的を射たことを言われさらなる悲しみに覆われる。


「……」

「落ち込むのは頑張ってからにするのね。みっともないわ」

「……」

「返事は?」


 雄太が何も言わず、下を向いてただ落ち込んでいる。

 その間に葵はいつの間にか水着の上からワンピースを着て、用はないとその場を去ろうとしていた。

 彼の態度を見て、これ以上言葉を掛ける必要性を葵は感じなかった。


「それじゃあね」


 雄太はその場にしばらく立ち尽くしていた。

 彼女の言葉とおりでぐうの音も出ない。

 たしかに悔しがるほど努力していない。

 他人に好かれるほど、雄太は誇れることもしてきていなかった。


 でも、だからといって――


 今はもう叫ぶことも憚られる。



 先ほどあった人にお礼を言いたくて、急いで通っていっただろう道を下っていく。

 人生で一番一生懸命に自転車を漕いだ瞬間だった。

 もう1度だけ言葉を交わしたい。

 それだけで必死になれている自分が少しだけおかしくて今日初めて笑顔になる。


「こんな夜に1人じゃあ何かと危険だよ。おじさんが送って行ってあげよう」

「……結構です」

「君みたいな可愛い子は」

「貝塚先輩!」


 駅前への1本道で雄太は知らない人に声を掛けられている葵に追いついた。

 雄太は少しだけ大きな声を張り、叫んだ。


「なんだよ、1人じゃなかったのか。ちっ」


「よかった追いついた……」

「君、さっきの……よく名前がわかったわね」

「これベンチの上に置きっぱなしでした」


 雄太は葵が落とした定期入れを手渡す。


「ありがと。届けてくれたこともそうだけど、絡まれそうになったの助けてくれたこと」

「そうだったんですか。よかったです」

「……自分一人でもなんとかなったけどね」

「こっちこそお礼を、励ましてくれてありがとうございました」

「別に励ましてはいないんだけどね」

「突き刺さる言葉でした……」

「本当にそうならよかったわ。じゃあせっかくだし続きを。それで、頑張る気はあるの?」

「……あります。でも、僕、どう頑張ればいいのかわからなくて……」

「なら送っていきなさい。帰り道に話は聞いてあげる」

「はい」


 葵は先ほど雄太にさらに言葉をかけてあげるつもりでいた。

 でも彼の気持ちが前に向いていないのでやめたのだ。

 雄太はこの時そのことに気がついた。


「君、名前は?」

「雄太です。秋馬雄太」


 これが秋馬雄太と貝塚葵の初めての出会いだった。

少しでも面白かった続きが読みたいと思った方は、ページ下部のポイント欄の「☆☆☆☆☆」を「★★★★★」にしていただけると、嬉しいです!


明日も頑張って投稿……出来るように頑張ります……

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