表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

あれこれもしかして

 対面するその視線には圧が込められている気がして、雄太は小首を傾げる。

 目が合ったことに嬉しさを覚えるが、葵のどこか機嫌の悪さを本能的に察した。


「先輩、ごめんなさい。また僕なにかしちゃったんですね?」


 思い当たる節が浮かばなくてもとりあえず謝罪する。

 それは間違っても嫌われたくないという想いからだった。



 雄太の偽りのない謝罪が静かなカフェの店内に響き渡り方々から視線が飛んでくる。



 3人はチーズケーキが評判のカフェに入っていた。

 雄太と杏は本日2度目の来店。


 土曜日ということもあり、客のほとんどがカップルで雄太たちの座っているテーブルに一気に視線が集まる。


 なんだか初々しいと周りのお客は一様に和んだ。

 と同時に修羅場なのかと興味を引いている。


「もううるさいわね。私、怒ってないわよ」

「ごめんなさい」

「だから怒ってないってば」

「……」

「それともなに、怒られるようなことしたの?」


 葵は杏が家を出てからずっとそのあとを付けてきていた。


 映画館では、会話が弾む様子を背後から眉間にこれでもかというほどしわを寄せ見ていたし――

 公園では仲良くお弁当を食べているさまも見て、藁人形に五寸釘を打ち込みそうになったし――

 あげくチーズケーキまで仲良く食べていたので、完全にデートしていると思い込み、飛び出したというわけだ。


「お姉ちゃん、あたしの彼氏をいじめないでね」

「か、かれ……」


 杏の思い込みの言葉にも拘らず、葵はわなわなして反応を示すが、心情を悟られまいと無理矢理に笑う。


「ごめんなさい」

「雄太君、なんで謝るの?」

「いや、先輩が怒る原因は僕だから」

「そんなこともないけど、雄太って鈍感に見えても一定の勘は働くわよね」

「褒められた。ありがとうございます」

「そこまで褒めてないわ」

「ちょっと、彼女はこっちだからね。さあ食べよう」


 雄太の目は隣にいる杏から対面している葵へと完全に移っていた。

 葵はそのことに気づき、ほっとすると同時に今度は口元を緩めた魅力的な笑顔を作る。


「やっぱ先輩、笑顔可愛いです」

「う、うるさいなあ」


 杏の前には遠慮ということを知らないのかというくらいのケーキが並んでいた。

 2回目なのにも関わらずだ。


「先輩もたくさんどうぞ」

「そう……それ食べないなら食べちゃうわよ」

「いいですよ」

「いいの。じゃあ彼女のあたしが」


 杏が待ってましたとばかりに、雄太が頼んだケーキにフォークをさす。


「ちょ、ちょっと、私にくれるって言ったのよ」

「お姉ちゃんはダイエット中でしょ。だからあたしが」

「あ、あなたねえ。何個食べるつもりなのよ」


 たしかに葵は体系を維持することに努めてきている。

 でも、それは……

 今この場では触れてほしくないところだった。


「先輩、カロリー制限しているのか……」

「だから、あんないっぱいのお弁当迷惑なんだよ」

「そうだったのか! ごめんなさい」

「ば、馬鹿ね。あとで消費するからそんなこといいのよ」

「雄太君、夕飯何食べたい?」


 杏の質問に、雄太は葵の顔を見てから、


「ああ、お弁当のことなら映画鑑賞させてくれたお礼だから気にするな」


 なんだか雄太と杏の様子が、昨日までと違うと葵は思った。

 このまま自分が知っている雄太がどこかに行ってしまいそうで、不安で不安で仕方がない。



 3人が店を出たころには夕方になっていた。

 席を立つ少し前から杏は苦しそうに息を吐き、苦悶の表情をしていてそれは今も変わらない。

そのことに雄太は気が付いていた。


「……そ、それじゃあ雄太君、今日はほんとに楽しかったよ」

「……」

「ここで解散しよう。あたしは少しゆっくり……」

「食べすぎたんだろ?」

「……まあちょっとね。彼女を家までおんぶしてくれる?」


 その言葉を聞いて、雄太は杏の前で腰をかがめる。


「なに?」

「ゆ、雄太っ!」

「悪い、ちょっと気合い入れてお弁当作りすぎた」


「いや、お弁当は関係ないよ。調子に乗ってケーキを……」

「早くしろ。なんかあったら付き合った俺に責任あるだろうが。せめて家までは運ぶ」

「ほんとに! ありがとう」

「途中でよくなったら降りろ」

「えっ、そこは家までくっついてるよ」


 元から仲が良かったといえる2人だ。

 でも、雄太は葵がいるときは目を彼女に向けていたはず。

 それが今は――

 葵ではなく杏を見ている。具合が悪くなったこの状況なら雄太でもそうする。

 そうして欲しいと葵は思うが、胸中は複雑だった。


「……な、なによ……もう」


 やはり葵が感じていた不安は正しかった。

 雄太と最初に会ったのは自分なのにと苦しい言葉でまくしたてようかとも考えてしまい、何とか内にしまい込んだが、余裕は全くない。


「お姉ちゃん、先に帰っていいよ」

「余計なことを言うな。僕は先輩の隣を歩きたい」

「……まだ、……ね……」


 葵の小さな声に杏を背負った雄太は首を傾げた。

 高校生をおぶさって歩くなんて、あまり見る光景ではない。

 葵と出会った頃の雄太は、小さな子供ならともかく同年代の異性をおんぶすることなんて体力的に出来なかった。

 杏は杏でこんなふうに外で自然な笑顔を浮かべて過ごすことなどあの時は想像も出来なかった。


 雄太も杏も逞しくなっていた。


「雄太君の背中、あった、かい」


 途端に気持ちよさそうな寝息が雄太の背中から聞こえてきた。

 気を許している相手だからこそ、眠りこけることができる。

 杏にとって雄太は――


「帰るわよ」

「はいっ」


 駅前をゆっくりと通って、家路につく。

 ここは2人にとっては思い出が詰まった馴染みの場所でもある。


「なに、にやけてるのよ?」

「色々思い出しちゃって、僕は葵先輩に感謝しきれないくらいの恩があるから」

「別に私は特別なことしてないけどね」


 雄太の顔から眼を背けた葵はどこか恥ずかしい気持ちになった。

 葵だって、あの出会いから今までを毎日のように思い出している。


 そうあれは、夏の暑い日だった――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ