気の合う2人
待ち合わせ時間は10時だったが、雄太はそれよりも一時間早く家を出る。
GWをあけた5月の気候はすでに夏を思わせる日差しがさしていた。
毎日の日課として、葵の顔を見ないとどうも不安になる。
それが家を早く出た理由だった。
雄太のマンションと葵のマンションのちょうど中間地点。
そこには大きな広場がある。
雄太が通りかかると、小学生がサッカーをしていた。
葵と出会う前、雄太は友達と遊ぶ子ではあったが、サッカーなどしたことはない。
外で遊ぶより、テレビゲームをする割合の方が圧倒的に多かった。
それが今はというと、体を動かすことの楽しさを知り、混ざりたいとさえ思ってしまう。
そちらの方に目を奪われていると、女の子が前方から近づいてくる。
それが杏だとわかった時、雄太は意図的に歩く速度を上げた。
「な、なんでもうこんなところにいるんだよ?」
「楽しみで早く来ちゃった」
その偽りのない笑顔に、思わず雄太は後ずさる。
「……僕は先輩の顔を見てくるから、ここで待っててくれ」
「行こう、雄太君の好きな映画が待ってるよ」
杏は普段と違い、少しだけおめかししていた。
そのことに雄太は気が付き、理由まではわからなかったが、あまり強い拒絶が出来なくなってしまう。
「おお、そうだな……いや、そうじゃない!」
「今なら午前の最初の回に間に合うかも」
「おお、マジか! 公開日の最初に観られる」
「そう! ワクワクでしょ。それで、お弁当は?」
「ちゃんと作ってきたぞ」
何を作るかを昨夜のうちからイメージ膨らませ、一品一品イラストを描きながら決めていった。
あらかじめ下ごしらえできるものは作って冷蔵庫に入れ、今朝はまだ外が暗い時間から起きて一生懸命に取り組んだ。
すべては葵に喜んでもらうため。
これはそこに直結する作業でもある。
杏の反応が楽しみじゃないと言えばうそになるけど、雄太の中ではやっぱり葵だった。
「さすが雄太君。いくぞ~」
「よっしゃあ…………あっ、じゃない! 僕をまずは先輩のところに行かせてくれ」
「そしたら間に合わないじゃん。今行けば間に合うよ。どうせなら1番に観たくない?」
「み、観たい……」
葵も雄太の扱いは上手いが、杏は超絶に上手だった。
雄太と杏、2人は同い年であり、好みも似ている。
杏が好きなアニメや漫画は雄太も好きなものが多い。
結局雄太は葵のところに行かぬまま、ショッピングモール内にある映画館に向かった。
アニメ映画の鑑賞に、2人は大いに盛り上がり、上映開始前から会話が弾んだ。
それは葵といるときの雄太とは違い、より素を見せる秋馬雄太で杏の方はそれが大いに嬉しかった。この時だけは葵のことが雄太の頭から少しの間忘れ去られた時間だった。
午前の最初の回を鑑賞した二人はお弁当を食べるため、近くの公園へと歩きベンチに腰掛ける。
「今回もすごかった。お、おもしれー」
「ねっ、やばかったね」
傍からみれば、仲のいい友達というよりカップルにみられるだろう。
「ありがとう杏。お礼のお弁当だ」
「やったね」
この前の葵のよりは少しだけ小さい重箱を杏が開ける。
「すごいよ、これ! 好きなものばっかり」
「好きそうなものを考えて作ったからな。手は抜かない」
「食べるのがもったいないくらい綺麗……いただきます」
「……いただきます」
葵の時とは違い、今日は雄太も自分の分を詰めてきた。
大きさは杏が食べているサイズとは比べ物にならないほど小さいお弁当箱である。
味見はきちんとしているが、時間も経っているし確認の意味を兼ねての物だった。
「生姜焼きうまっ! 幸せだなあ。見た目もすごく可愛い」
「そんな喜んでくれるならよかった」
「う~、卵焼きもたまらん」
杏のその顔に魅了されつつある自分を戒める意味で、雄太は言葉をぶつける。
「……じゃあ、先輩の好きなもの教えてくれ」
「……お姉ちゃん、嫌いなものないよ」
「じゃあ特に好きなものは?」
「麺類が好きだね。ラーメンとかパスタとか」
「ラーメンか……前一緒に食べたな。なるほど大いに役立つぞ」
「それはよかった」
「あっ、悪い飲み物がなかったな。そこの自販機で何か買ってやる」
「よく気がつく……さすが」
雄太としては、葵の好みを聞き出すためのことでそれこそが今日付き合っている最大の意味なのだ。
冷えた紅茶を2本買い、杏に手渡す。
「ほら。食べ終わったらもう帰るぞ」
「えっ、なんでまだいいじゃん」
「僕は先輩に会いに杏の家に行く」
「それより、チーズケーキ食べに行こうよ」
「せ、先輩と行くからいい」
「その前にあたしがお姉ちゃんのそのお店の品から好みを教えてあげる」
「おお、下見か。いいなそれ……」
雄太は巧みに誘導され、気が付くと杏に連れられカフェの前にいた。
どうしても杏に従ってしまうと、その言葉と行動には雄太を動かす力がある。
葵のそれとはどこか違う気がして、戸惑いも感じていた。
「さあ行こう」
「やっぱり行かない、僕はいかないぞ……これ、デートみたいだし、僕は映画なら付き合うと言ったんだ」
「往生際悪いなあ。そんなことだとお姉ちゃんに嫌われるよ」
「お、お前、それ禁句だ。僕を泣かす気か!」
仲睦まじいカップルが痴話げんかをしている。
他人から見れば、そんなふうにみられる光景だった。
そして雄太は杏に押し切られる形でカフェに入ってしまった。
「すっごい美味しかった。さすが雄太君おすすめ」
「うわあぁ、先輩と、先輩と行くのを楽しみにしていたのに……」
「あたしとじゃ楽しくなかったかぁ」
あからさまに肩を落とす杏に、雄太は偽りのない言葉を告げる。
「……いや、そうでもなかった。ぐわぁ、僕は僕は……」
なんだかんだで雄太と杏はかみ合ってしまう。
そしてその様子に我慢ならなかったのが――
「あら雄太、こんなところで何してるの?」
平静を装い、あくまで偶然を装い、貝塚葵は不敵な笑みを浮かべ帰り道を歩く2人の前に立った。
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