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元陰キャで空気が読めない僕は、今日も高嶺の花の先輩の迷惑を考えずにグイグイ行く ~そしたら何故か先輩の妹が彼女になった件~  作者: 滝藤秀一
先輩にグイグイ行ったら、先輩の妹が彼女になった

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近くて遠い距離

 秋馬雄太は杏を家まで送り届けると、一人暮らしをしているマンションに帰ってきた。

 先輩からの言葉が嬉しくて、部屋までスキップしながら進んでいく。


 雄太の実家からは今の高校には遠すぎて通えない。

 受験校を選択したとき、両親は高笑った。

 合格したら学費も生活費も出してやると大見得を切られ、周りの友達は大いに彼を馬鹿にした。


 雄太の周りには、彼が全国屈指の進学校である開王学院に受かると思っている人は誰もいなかった。

 ただ1人貝塚葵を除いては。


 葵との出会いがあったからこそ、今の自分がある。

 葵がいたからこそ、勉強も頑張れたし合格できた。

 彼女がいたからこそ、毎日がこんなにも楽しくなったのだ。


 雄太にとって葵は大恩人であり、今ではもっとも大好きな人になっていた。




 

 短期間での料亭の修業は、お弁当作りだけでなく料理の楽しさも教わったきがする。

 だから、1人前の料理を作るのも以前とは違い鼻歌を口ずさむ。


 雄太1人だけの夕食。

 お昼を豪勢にした分、材料費はかけられないがその分手間をかける。

 葵の一言のおかげで、今では料理男子兼弁当男子になっていた。


 両親に生活費はもらってはいるが、なるべく手を付けず、食費くらいは週2回のバイトで何とかしようとしている状況だ。


 電話をするのは何時がいいだろうかを考えながら、朝食の準備や洗濯物をたたむ。

 今はまだ早い。やっぱり寝る直前がいいかと結論付けて、雄太はジャージ姿へと着替えた。




 すっかり暗くなった夜道をランニングする。

 体がなまらないように時間があるときは簡単なトレーニングは怠らない。

 これは護身術を教わった師匠にも釘を刺されている部分だった。


 頭に思い浮かぶのは、葵の笑顔やむっとしている顔。

 いつもは彼女のことしか考えない。

 だけど、今日は貝塚杏の存在が葵を頭の中から追い出そうとする。

 昼間の一件は雄太にとってそれほど衝撃的であり、嬉しいものだったのだ。


 葵に申し訳なく、頭の中で何度も他の女の子のことを考えてしまってすいません……と、土下座して何度も謝罪する。


「杏のやつ。インパクト残しやがって……告白されたことなんて今までなかったからな」


 葵が喜びそうなことを考えながら走ったが、またも杏の嬉しそうな顔が過ってしまう。


「まあ、いいか。土曜は頑張って作ってやるか。すべては先輩を喜ばせるために。まずは前座で杏をうならせてやる」


 5キロほど走り終えると、雄太はマンションの近くまで戻ってくる。

 ゆっくりと歩いている1人の女の子が遠目から見えた。

 治安の悪い場所ではないが、雄太の中では女の子の一人歩きは危険という認識があり、それが暗い夜ならなおさらだった。


 声を掛ければこちらが不審者と思われるかもしれない。

 でも、だからと言って掛けなくて、その後何かあれば――


 距離が近づいていくにつれ、雄太のどうしようかの悩みは消え去った。


「せんぱ~い! 葵せんぱ~い!」

「ゆ、雄太!」

「こんなところで何してるんですか?」


 ふてくされて歩いていたのは葵で、雄太の姿を見るや安心した顔になる。


 さらりとしたロングの黒髪。

 その青く澄んだ瞳が雄太を見つめている。

 健康的な肌と、潤いのある小さなくちびる。


 目が合うだけでドキドキを隠せず、半端のない嬉しさが顔へと出てしまう。


「ダメですよ先輩、夜道を一人歩きしちゃ」

「うるさいわね……散歩してただけよ」


 まさかのサプライズのような対面に、気持ちが昂る。


「家まで送っていきます。拒否されてもついていきます。僕が先輩を守ります」

「……勝手にしなさい」


 一緒にいられる喜びはもちろんあるが、それよりも今は夜道を一人で返すわけにはいかないという心配の方が勝っていた。

 ボディガード役としては彼がうってつけであるのは間違いではない。


 雄太が葵と出会うのは、今夜が初めてではなかった。

 最初にあった時もこのくらいの時間だっただろうか――


「いつもこの辺を散歩してるんですか?」

「いっ、言っとくけど、たまたまだからね。勘違いしないでよ」

「えっと、わかってます。勘違いしません」

「……私の言葉信じてくれるのはいいけど、真に受けすぎても」

「……でも、いつだって先輩は正しいですから。寒くないですか?」

「へ、平気よ」


 葵はぷいっと横を向いてしまう。

 彼女の家へと並んで歩いていく。


 いまにも手が触れられそうな距離。

 だけど決して雄太からは伸ばそうとはしない。そこは恋人同士になってからと彼が決して踏み込まない領域でもあった。

 葵は葵で触れたくても、それを出来る素直さを持ち合わせていない。


 これが今の2人の距離だった。


 それでも気まずい雰囲気になることは決してない。

 葵といるとき雄太は良くしゃべるのだ。

 時にたわいのない話、そして電話で話そうとしていた杏の話もしてしまっていた。

 口を動かしこの時間を大切にしながらも、雄太は周りを警戒して常に葵の安全を確保している。


 数十分の2人きりの散歩は、雄太の中では心底早く時が流れ、気が付くと葵が住んでいるマンションの前にいた。


「無事に着きました。先輩、おやすみなさい」

「……そのセリフはまだ早いわ。帰ったら電話しなさい」

「えっ、でも、話は歩きながらしちゃったし」

「……何も話すことがないなら、私は別にいいけど」

「絶対に電話します」


 雄太は飛び上がるほど嬉しい感情をだらしない笑顔に変え、1人きりの帰り道を意気揚々と戻っていった。葵の方も雄太は背中を向けて気が付かなかったが、口元を心底緩めた魅力的な笑顔を浮かべていたのだった。


 そして、波乱の土曜日を迎える。

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