告白
貝塚杏は葵の妹である。
彼女にとって秋馬雄太は、姉が初めて家に連れてきた男の子であり、自分を救ってくれた恩人でもあった。そして今の杏は雄太とはクラスメイトになっている。
「雄太君!」
「杏、せっかくの先輩との時間を、どうしてくれるんだ!」
雄太は2階の教室まで杏に首根っこを掴まれて引っ張って来られていた。
何事かと新しいクラスメイトが廊下に視線を向けているのがわかる。
「これ、雄太君が好きな映画の招待券」
「先輩がいないと僕は……えっ、マジで!」
「次の土曜でいいよね?」
「お、おおっ、いいぜ」
「あっ、その代わりお弁当よろしくね」
葵の黒髪とは違い、少し薄茶色の髪にウエーブがかかっている所がトレードマークだ。
顔立ちは姉に似て整っているがどこか幼い印象で、真っ直ぐな意志の強い瞳をしている。
元演劇部ということもあり、クラスメイトの大半が観客のこの状況は彼女を俄然燃えさせた。
「任せておけ……じゃない! 杏のペースにはのせられないぞ。僕が葵先輩を想ってるのがわかってるはずだ」
「お姉ちゃんの好みあたしなら知ってるよ」
「えっ……そうだな、先輩の妹だもんな」
「あたしと付き合えば貝塚家のことは大抵わかるよ?」
「たしかに! ……いや、待ってくれ! 僕が好きなのは」
雄太が突っ込もうとも、周りの同級生はその空気を感じ取ったかのように静まってしまう。
雄太の目の前にいる杏は肩で息をして気持ちを落ち着かせていたなら、可愛げがあるが、にっと自信満々な顔を向ける。
それでも今まで何回も自分が体験したから雄太にはわかる。
それがどれだけ勇気を振り絞ることかを。
それがどれだけ不安になることかを。
それがどれだけ誇らしいことかを、知っている。
「雄太君があたしは大好き。だから付き合おう、あたしが彼女になる」
「ちょっと待ちなさい!」
葵が駆け付ける前に、杏の想いは周りに響き渡った。
その幼さの残る顔が少しだけ赤く染まる。
雄太にも心臓の鼓動が聞こえてくるようなその様子を見れば、からかいや冗談で発した言葉でないことを察することができた。
だからこそ嬉しいと同時につらい気持ちにもなる。
どうしても雄太はその気持ちに応えてあげることができない。
それでも葵が視界に入ってもなお、杏の言葉は何度も繰り返されたことには驚かされた。
周りから歓声も上がり、告白を受けた雄太を余計に困惑させる。
胸が熱くなり、涙までも溢れてきそうだ。
そうか、こんなにも嬉しいものなのかと初めて告白されることを知った。
「雄太、雄太、大丈、夫?」
「先輩! 平気です。ちょっとそこにいてください…」
「えっ、ええ……」
「……杏、やっぱり、僕は先輩が……」
雄太は杏の視線から目を背けずに言葉を吐く。
自然と悲哀に満ちた顔になってることを本人は気づかなかった。
「その先輩は付き合ってくれないでしょ。何事も経験だよ。だからまずその妹と付き合ってみよ。てことで、あたしが彼女ってことでよろしく!」
葵はというと、自分の腕で強引に雄太の顔を杏の方に向かせている。
それは、話がややこしくなりそうだと本能で感じ取っていたためで、無意識の行動に近かった。
「確かに僕には女の子と付き合った経験がないな……はっ、いや人の話を聞け!」
「なんて強引な……杏、雄太の話を聞きなさい!」
杏の態度はいつも以上に人懐っこい飼い猫のような状態だ。
想いを告げた後にしては、どこまでも軽いと思ってしまう。それが性格的なものからなのか、雄太にはわからなかった。
やりきったと杏は満足げに教室へ入っていく――
だがそこで思い出したように振り返り、
「愛してるよ~」
と、投げキスをする仕草で片目を瞑った。
どこかわざとらしく、ものすごい子供っぽい投げキスで雄太をドキドキさせることはできず、それどころか呆然とさせる。
去り際まで完璧といえば完璧で、どこかに魅了され、憧れを抱いたのか、クラスの中では大歓声が起こっていた。
その歓声はまるでクラスメイト達が雄太と杏の仲を応援するかのように聞こえ、呆然としている中で腹立たしくなり葵は地団駄を踏みたくなる。
「……先輩」
「……雄太、あなたは大丈夫ね?」
「はい。今はもういつも通りです。先輩、僕は葵先輩が大好きです」
「っ!? ちょ、ふ、ふぃに言わないでよ。今はずるいわ」
今日はまだ告げていなかったので気持ちを伝えてみる。
両手を握りしめ、悔しさを噛み殺しながら少し呆然としていた葵は、雄太の言葉を聞いてはっとして逃げるように階段を上って行った。
秋馬雄太の高校生活はこの日から激動にさらされていくのだった。