複雑
雄太が職員室に呼び出されるのは高校に入って初めてだった。
無断で1限目を来なかった理由は寝坊ということにして、あまりつかない嘘をつく。
本当のことは言うべきじゃないと決めていた。
杏の為にはそれが一番いい。
話すことでその話題が今後出てしまうかもしれない。
他の先生たちと議論するかもしれない。
それが杏の耳に入ることがないよう最善は尽くす。
開王学院は自称進学校ではなく、本物の進学校で在校生徒の評判もいい。
現に雄太はこの学校が好きだった。
大半は葵のおかげではあるのだが。
杏もこの学校にいてよかったと、よくわからない安心感はあって、また何かあればどんなこともやろうと心に決めて、担任に頭を下げる。
「雄太君、お昼買ってきたよ。一緒に食べよう」
「おっ、おう……」
雄太が職員室から出てきたところを待ち構えていた杏が声を掛けた。
力強く雄太の袖を引っ張り、彼女は校舎の裏庭に移動していく。
すれ違う生徒から2人は何やらひそひそ話をされる。
この前の告白がどうやら相当印象に残っているようだ。
雄太はその後ろ姿を見て、ほっとしていた。
声に緊張も感じないし、いつもの明るい表情だ。
どこか開放されたような晴れやかな印象に残る笑顔。
「はいはい、座って、座って」
雄太は今まで授業の大半を睡眠にあてたことはない。
昨夜は加害者のことを自分なりに調べ上げ、忍と策を練り短い準備の中でも戦略を立てて臨んだ。
お弁当を作る余裕は全然なく、ただひたすら杏のためにどうしたらいいかを考えて、今朝は杏にも念のために確認までした。
葵以外のことで、ここまで一生懸命になれたことは――
いや、貝塚姉妹は自分のモチベそのものなんだと理解した。
「葵先輩は?」
休み時間も寝ていたため、今日も雄太はここまで葵に会っていない。
「大丈夫。メッセージは送っておいたよ」
「そうか。よしっ、食べようぜ」
「おーっ! 焼きそばパンにカレーパンに唐揚げサンドも買えたよ」
「マジか、食べてみたかったやつだ」
雄太はそれを半分にして、杏に手渡す。
「ありがとう」
自然とにっこりする杏の表情に思わずドキリとする。
かなり意識してしまっているなと感じた。
「……おい、僕を見てないで食べろよ」
「いただきます」
朝食はあまり喉を通らなかったので、いつもよりお腹がすいていた。
行儀が悪いと思いつつも、雄太は少しがっついてパンを胃袋に入れていく。
その食欲を見て、杏はさらに嬉しそうだ。
食べることと、隣に座る杏しか目には入っていなかった。
だから、近づいてくる足音にも気が付かなかったし、周りの声にも反応できない。
「雄太、ずいぶんと仲睦まじい様子じゃない」
雄太が顔を上げると葵が微笑んでいた。
その笑顔は杏の物とは明らかに違い、少し冷たく恐怖すら感じる。
「先輩、ごめんなさい。今日もお弁当を忘れて」
「だからって、なんで除け者にするのよ」
「してないです。休み時間は僕、ずっと寝ていて」
「それは知ってる。ほら、これどうしてくれるの!」
葵は雄太にお弁当箱を押しやる。
そのまま溜息を吐き、視線を逸らした。
「また作ってくれたんですか?」
「どうせ今日は作れないって思ったから。言ったでしょ、お見通しだって」
「まだすごいお腹すいてたんです。いただきます」
「……杏、ちょっとそこどいて」
「彼女だから、隣にいたい」
「そう。ならいいわ」
むっとした葵は一瞬躊躇しながらも、雄太が座っている少し開いていた左側のスペースに腰を下ろす。
「ちょ、先輩。あの、せまいし、これだと……」
たまらず雄太は杏の方にちょっとだけ移動する。
吐息まで聞こえてきそうな突然の至近距離に心臓は高鳴り顔を赤く染めてしまう。
「おねえちゃん、せまいよ……」
「せっかく作ったんだから、残さず食べなさい」
「はいっ! でも、近すぎて、食べにくいんですけど……」
にらみにも似た葵の視線を前に言葉を飲み込む。
2人にはさまれて身を縮こませながらも、雄太はお弁当に箸を伸ばした。
杏の件を感謝してるから、また今日も作ってくれたんだ、そう雄太は感謝し心底嬉しくなる。
もちろん葵にその気持ちはあったが、だが、その胸中はもっと複雑なものだったのだ。




