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いつもの日常が壊れる

 貝塚葵(かいづかあおい)は誰もが認める美貌の持ち主で、誰もが認める美少女だ。

 校内の男子生徒からの視線をいつも浴び、女子生徒からは尊敬のまなざしを集める。


「葵ちゃん、ノートありがとう助かったよ」

「どういたしまして」

「葵、生徒会への部活申請ってどう書けばいいんだっけ?」

「部員の名前さえ書いてくれればあとは私がやっておくよ」


 そんな誰に対しても優しく頼りにされる葵だが、1人だけあからさまに態度が変わる相手がいる。


「せんぱーい! お昼食べましょう!」

「ゆ、雄太?!」


 その相手こそ秋馬雄太(あきばゆうた)である。

 1年生の彼はこのクラスなのかとも思えるほど人目を気にせず堂々と教室に入っていく。

 葵は不自然なほどにあたふたし始め、そうこうしているうちに大きな重箱が葵の机におろされた。


 その光景はいつものことで、周りも特に咎めたりはしない。

 むしろ、また始まったかという楽し気な雰囲気に包まれた。


「な、な、なな、なによ、これ?」

「先輩のために、料亭で修行してきたので、その成果です」

「料亭! 修行! ……また何をしてるのよ!」


 雄太は葵の何気ない一言でも、それを真に受け奮起して一見不可能なことでも可能にしてきた。

 一緒の高校に受かって見せなさいと言われれば、難関校に受験し合格――

 彼女が強い人に憧れると口にすれば護身術を極め――

 恋を徹底的に頑張ろうと言えば――現在継続中で本気で恋をしている。


 そんな雄太の想いがこもった重箱を葵が開けると、そこにはおいしそうな品々が綺麗に敷き詰められている。

 料亭で修行してきたというのは伊達ではなく、無償でいいのか心配になるくらいの出来栄えだった。


「食べてください」

「……こ、こういうの、迷惑なのよね」


 彼女はいつも通り文句を言いつつも卵焼きを口へと運んだ。

 自然と美味しいと言葉が出てしまうくらいの味。


「どうですか?」

「……ま、まあまあね」

「ふああああ……よかったです」


 雄太の満面の笑顔を葵は直視することが出来ずに目を逸らす。


「あ、あなた、何かコネでもあったの? 料理人でもないのに修行とか簡単にさせてくれないでしょ」

「簡単でしたよ。先輩に美味しいお弁当を作りたいって三日三晩お店の前に正座してたら、すごく丁寧に教えてくれました。だから僕でもここまで再現できたんです」


 その話を聞いた彼女は一瞬呆然とする。

 本当に味わって食べないと失礼だと思うと同時に、またしても自分の発言を真に受けたかと胸を痛めた。


「……もっと自分の体を労わりなさい」

「先輩に喜んでもらえると思ったから。あと心配してくれてありがとうございます」

「っ!?」


 その言葉を受けた葵は表情を見られないように顔を覆う。

 雄太の言葉に周りがにやつき、そのお弁当の出来栄えをみに集まってくる。


「うわっ、すごい豪勢。素人レベルを完全に超えてる」

「葵、マジで羨ましい」

「ちゃんとお礼してあげないとね」


「ちょっ、あんまり言わないでー」


 周囲の声に反応しつつも、葵は黙々と食べているが、雄太の方は彼女の食べる姿を眺めているだけ。

 彼女の食べる姿をみられればそれだけで幸せというのもあるし、自分の分のお弁当は持ってきていない。


「……こんなに食べられるわけないでしょ。半分食べなさいよね」

「はーい」


 雄太が作ってきたにも関わらず、葵が言わなければ彼は食べようともしないのだ。

 秋馬雄太は葵のためなら、何だって出来る子だ。


「あーっ、もう何してるんだか」

「早くくっつけばいいのに」


 クラスの女の子から口々に漏れる言葉。

 葵には耳に届いているが、残念ながら雄太には届いていない。

 最近の彼は葵といるときは、他のことは目に入らなくなる。

 ある時は階段から落ちてしまったり、またある時は電柱にぶつかったりするものの、雄太本人はそろそろ葵が次に話す言葉を読めるようになれるのではと思っていた。



 こんな2人の関係はお世辞にも進展しているとはいいがたかった。



「あっー、もう見てられない。ここまでいい匂いがしてくるんだもん」



 それを一番理解している人物、貝塚杏かいづかあんずがよく通る声でその場の空気を変える。



「杏、ここで何してるのよ?」

「お姉ちゃんばっかりお弁当ずるい、ずるいよ」

「あ、あなたなに言ってるの。雄太が、かっ、勝手に作ってきたのよ」

「お姉ちゃん、雄太君の彼女じゃないんだよね?」


 妹の真っ直ぐな瞳とその疑問に葵はたじろいでしまう。

 なにより、この場に雄太がいることが葵の言葉を曲げる結果となった。


「ち、違うわよ」

「なら、あたしが雄太君の彼女になろう!」

「はあ!?」

「ていうことで、明日から雄太君お弁当よろしくね!」


 姉妹が話をしている中でも、雄太の瞳には一人しか映らない。


「……雄太、聞いてるの?」

「えっ、はい。杏が来たんですか?」

「目の前にいるわよ」

「おお、どうかしたのか?」


 葵はその反応に吹き出しそうになり、杏はただただ呆然とするしかない。


「いまっ! あのね、雄太君の彼女にあたしなったから!」

「彼女? えっ、いや、ごめん。俺、先輩を」

「わかってる、わかってる。段取りってやつでしょ。よしちょっと場所移動しようよ」


 食事中にも関わらず、杏は雄太を姉から遠ざけようと袖をつかんだ。

 すぐには進まずに残っているおかずを口にする。


「はうあぁ……うまっ! なにこれ。こんなの毎日食べられたら幸せすぎて死んじゃう。決定したよ、雄太君の彼女はあたしだ」

「待ってくれ、杏。話があるなら後で聞く」

「だめだめ、今聞いてもらう」

「うわ~、やめてくれ~!」


 雄太は引きずられながらも葵を見つめ、3年生の教室を後にした。

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