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生活

作者: 新月

湖の向こうから太陽が昇ってくる。




薄く凍った水面がキラキラ輝き、世界は色を取り戻す。


黒い服の子供は片腕で目を覆いながら、じっと水面を見つめていた。



カラカラと音がし、後ろから山羊が近付いてくる。小屋で飼っている唯一の動物だ。


少女は振り返って山羊に近付き、自分の背丈程もある動物の、小さな鐘を下げた首筋を撫でてやった。少女が歩き出せば、山羊も啼きながらついてくる。




少女がすんでいるのは湖の側にある小さな家だ。


火を焚いて、少女は食事の支度をする。背が低いから大変だ。


小屋に1つしかない椅子を動かし、その上に立って調理する。あちこち引き摺って歩くうち、額に汗が浮かんでくる。



食事が出来ると、続きになった寝室へ運ぶ。テーブルの上に盆を置き、出来ましたよと声を掛けた。


寝台の上では、男が1人横たわっている。声を掛けても起き上がる様子はない。



少女は気にする様子もなく寝台に近付き、腋に手を入れて起き上がらせる。落ちないように気をつけながら、脚の上に盆を置いてやり、自分も引き摺ってきた椅子に腰掛けて食事をし始めた。



少女はしきりに男に話し掛ける。


飼っている山羊のこと、長くなってきた日射しのこと、膨らんできた蕾のこと。とりとめもなく話し続ける。

自分の分を食べ終えると、男の皿も一緒に片付けた。男は全く手をつけていないが、気にもせずに全て捨ててしまう。



山羊の世話をし、家の掃除をし、夜がくると少女は男を横にならせる。自身も隣に潜り込み、1つしかない寝台で寄り添って眠る。


一日中、男は一言も口を利かなかった。



次第に小屋の中には悪臭が満ちるようになった。窓を開けた程度ではおさまらない上に、日を経るごとに酷くなってゆく。


吐き気を催すような臭気の中、男と子供は変わらない生活を続けている。


テーブルが1つ、椅子が1つ、寝台が1つ、最低限の家具しかない小さな家。動き回るのはただ少女だけ。


朝がくれば山羊を外に出し、食事を作って男を起こす。独り言のように喋り続け、片付ける。家中を掃除して山羊の世話をし、夜がくれば男を寝かせて自分も潜り込む。




そうやって日が過ぎてゆく。春の訪れとともに男の姿が変わってゆくのに、少女は気にする様子もない。




湖の向こうから朝日が昇ってくる。


乾いた風が吹き抜け、水面にさざ波を立ててゆく。色付いてゆく世界を、黒い服の子供は片手で目を覆って見つめている。




カラカラと音がし、後ろから山羊が近付いてくる。少女は振り返って山羊に近付き、首筋を抱いて額に口付けた。それから首輪を外してやり、小屋とは違う方向へ歩き出す。


山羊は啼きながらついてゆくが、もう少女の姿はどこにもない。


湖畔の小屋の中では、骨になった男が寝台に1人、横たわっている。

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