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君の魔法をたべたい、は。  作者: 偽ゴーストライター本人
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第七章

「・・・ただの気象現象では、説明できないのかな?」

 酒の席での話題がその話になると、若い金髪青年は新聞記者にそう訊ねた。

 世の中では再び魔法が現れたことで騒ぎになっているが、マスコミの人間がどう思っているかに青年は興味があった。しかし記者の返事は「あれは魔法だろうな」と至極明快な答えだった。記者の知り合いが現地で取材をしているらしく、現地の目撃証言でも気象関係者の話でも「あんなことは常識ではありえない」ということだった。

「・・・なるほど」

 都内のバーでカクテルグラスを手にしながら、青年は記者の言葉に静かに頷いた。この新聞記者と知りあったのは最近のことだが、青年は彼の能力を評価していた。青年が知る中では取材力でも記事の的確さでも周囲からの評判も一番の人間だった。こうして二人きりで飲むのも初めてだが、話してみると記者の見識の高さにも感心させられた。

「俺の聞いた話によるとなあ・・」

 しかしその後の記者の話はほとんど参考にならなかった。公園に大勢の野次馬が押し掛けたとか、その日のコンサートが異様な盛り上がりをみせたとか、募金箱にたくさんの義損金が集まったとか、コンサート終了後も野次馬が帰らずに警察が出動したとか・・・青年にとっては無用の情報だったが、通常の人間関係から情報を得るためにはこういう付き合いも必要だった。

 その後、青年は独自で集めた情報を記者にリークした。それは某国外相テロ未遂事件に関する情報だったが、青年にはまるで意味のない不要の情報だった。こういう情報は正しいルートで正しく公表されるべきだと思った。青年は今日をもってこの件からは手を引くつもりだった。

「私はそろそろ帰らせてもらおうかな」

「おいおい・・・もう少し話を聞かせてくれよ」

 記者は青年の取材方法や情報の出所を熱心に訊ねてきたが、青年は涼しい笑顔で応えるだけだった。

 帰り支度を始めた青年を見ながら記者は肩をすくめながら言った。

「・・・しかし被災地訪問が中止になった日に、まさかそんな会談がブッキングされていたなんてなあ・・・」

「パーティーで偶然に顔を合わせたことになっているみたいだね」

「・・・ったく、キナ臭い話になってやがんなあ・・・で? どこからそんなネタを仕入れてくるんだよ?」

「さあ? どうなんだろうね? ・・・ま、某国の情勢に詳しい人間にウラを取ってもらえばいいさ」

 脅迫状の切手に犯人のDNAが残っていたという情報もあったが、青年もそこまで教える必要もないだろうと思った。

 そして青年はバーを後にした。

 青年が立ち去った後のバーでは記者が片っ端から電話をかけまくっていたという。

 その後、ある新聞が某国とその周辺国との間で和平協議が始まることを報じた。その記事に追随するように他のマスコミもそのニュースを伝えるようになったが、これは魔法とは関係のない国際情勢の話だった。

 やがて脅迫事件は愉快犯の可能性が高いとされ、何事もなく静かに忘れ去られていった。

 

    ★


 再び被災地で魔法現象が発生したニュースを聞いて、青年はフェリーターミナルで出会った少年のことを思い出していた。

 今回、青年が最初に調べたのは魔法現象が発生した地点の気象データだった。もともと青年は魔法を科学的に検証しようとする意識が低かった。しかし少年から聞いたネット情報のひとつが青年にその考えを変えさせた。

 それは最初の魔法現象を議論する掲示板内での、理系の人物が書いたと思われる書き込みだった。魔法が発生した日の午前中、被災地周辺の気象観測所で一時的にだが、急激な気圧の変化があった。それと同時に奥羽山脈から東の地域では風向きが西よりに変化した。つまり魔法が発生した時間帯の被災地周辺は、一時的な気圧の変化により太平洋側に風が集中していた。このデータだけで考えるのは早計かもしれないが、なんらかの形で魔法現象にはこの西風が関わっているのではないだろうか? さらに細かく被災地の気象データを分析したり、お天気カメラや防犯カメラなどで風の状況を確認すれば、魔法が発生した中心位置・・・つまり魔法使いの居所を特定できるのではないか? というものだった。もちろんこの説に異論を唱える書き込みもあったし、説明不足の点もみられた。まず地震当日に津波を押し戻すような暴風はなかったし、もし暴風が吹き荒れていたら被災地には違う被害も出ていただろう。それに津波は単に押し戻されて分散したのではなく、巨大なエネルギーもろとも完全に消滅したのである。それは既存の科学では説明できない物理現象だったし、だからこその魔法現象といえた。魔法が発生した時間に気象データに変化があったのは事実だろうが、それだけで魔法の全てを説明するには無理があった。

 しかし青年はこれらの説を興味深く捕えていた。魔法が発生した瞬間に生じた気象データの変化は、もしかしたら火が燃える時の煙や熱のような現象なのかもしれないと思った。大規模な魔法が発生する時の前兆現象とか、それに付属する現象の一部ではないかと考えた。今までの歴史では魔法を科学的に分析したことはないだろうし、現時点ではデータも足りていないが、魔法の発見にはこのような手法も有効かもしれなかった。公園での魔法現象は異常気象そのものがメインなので気象データは参考にならないかもしれないが、街の中心部で起きた出来事なので多数の目撃情報が出てくるかもしれない。

 これは良いチャンスだった。

 青年はそんな情報を求めて、再び被災地に赴こうとしていた。

  

    ★


 普段からネットで魔法を調べている岳太だったが、あまり調べる気がしない情報もあった。それは魔法の情報というよりは、口から出まかせを並べた悪質なデマの類だった。たとえば今回の地震が人工地震であるなんて話であったり、岩盤プレートに爆弾を仕掛けて地震を誘発したとか海の底に穴を掘ってマグマを刺激したとか、魔法を使って地震を発生させたなんて話まであった。あまりにも馬鹿馬鹿しくて岳太にはついていけなかったのだが、そんな偽情報の中にも一つだけ気になる書き込みがあった。それはミランダと見に行った豪華客船に関する書き込みだったが、話自体はどうしようもない内容で『豪華客船が停泊した港が被災地になった。だから豪華客船が地震を起こした!』というものだった。それに呼応するように『珍しい船がきたから怪しいと思った。やっぱりな』とか『俺もそう思う』や『イギリスの陰謀だ!』なんていうのもあった。しかしその中の『あの船会社はイギリスでは有名な魔法使いの一族らしい。可能性はある』という書き込みには岳太も目を引かれた。岳太もこの一文だけは少し気になったのだが、魔法が原因で地震が発生したとする風潮には納得できなかった。だからそれ以上のことは調べなかったのだが、最近になって考え方を改めるようになった。正直なところ調べるネタもマンネリ化していたので、この際なので別の切り口で魔法情報を調べることにしたのだった。

 そういう経緯で岳太はイギリスの魔法一族のことを調べることにした。日本語のサイトにどれくらいイギリスの魔法情報があるかは疑問だったが、さすがは魔法ブーム真っ盛り、古今東西・新旧問わず様々な魔法使いの情報がアップされていた。そこで調査できた情報では船会社の一族が風を操る魔法で有名なことだった。魔法で発生させた風を自由自在に操ることによって、かつての大航海時代には莫大な富を築いたらしい。イギリス海軍がスペインの無敵艦隊を撃退した際にも海軍の一翼を担っていたらしく、数百年前の魔法全盛時代には軍人一族としても英国で名を轟かせたという。岳太はこの話を知って素直に驚いたし、船会社がそんな歴史背景を持つ有名な魔法一族だとは思っていなかった。しかし岳太もこの話と津波を消滅させた魔法とを結びつけて考えはしなかった。なんといっても豪華客船が寄港したのは地震の一か月以上も前だし、日本にはその船会社の支社すらもなかったのだ。話自体は面白かったので記憶には残ったが、その魔法一族の血縁を日本で辿るのは無理そうだったので岳太もそれ以上のことは調べなかった。

 そうこうしているうちに時間は過ぎ、結局その夜は岳太も疲れて寝てしまった。

 それが一昨日の夜のことだった。

 そして今はその日から二日ほど経過している。

「岳太・・・これ見て」

 夏祭りの翌日、岳太は午前中の早い時間からミランダの家を訪れていた。岳太はわざわざ自分のノートパソコンを持ってきていたし、ミランダも父親のパソコンをリビングに持ち出していた。二人はそれぞれでネットの情報を調べていた。岳太は日本国内のネット情報を調べていたし、ミランダは英語圏のネット情報を調べていた。

 もはや二人は夏休みの宿題どころではなかった。

「どうしたの?」

 そう言ってミランダのパソコンを覗きこんだ岳太は、画面に表示された英文の羅列に思わず尻込みした。

「・・・なんて書いてあるの?」

「うん・・・あのね」

 そう口にするミランダの顔は悲しそうだった。

 パソコンの画面の隅に、老婦人の顔写真が小さく載っていた。

「・・・あのお婆ちゃん、先月に亡くなったんだって」

 ミランダはイギリスのニュースサイトでその記事を見つけた。ミランダも豪華客船と船会社の情報を欲していたが、まさかこんな記事を発見するとは思っていなかった。

 ミランダは英文の記事を日本語に訳して読み上げながら「あたし達はなんで、こんなことになったんだろう?」なんて考えていた。

  

    ★

 

 話は前日の昼に遡る。 

 早めの昼食を終えた二人は、コンサート会場となる公園へと向かった。開演三十分前には会場に着いたので、比較的良いポジションでコンサートが見れそうだった。

 しかしコンサートが始まって間もなく、急に空模様が怪しくなってきた。間違いなく本降りになると思ったし、傘を持っていなかった二人は早めに雨宿りができる場所に避難した。公園から少し離れた大通り沿いのビルに入ると、そのタイミングで雨は土砂降りになっていた。

 ミランダが恨めしそうに空を睨んだ。

「どうして雨になっちゃうかな・・・もっと空気を読んで欲しいわ」

「夕方くらいまでは降らないと思ったけどなあ」

 二人が雨宿りをしているのは雑居ビルの一階テラス部分だったが、ここに逃げ込んでくる人は他にはいないようだった。夏の通り雨なのでずっと降り続くことはなさそうだったし、二人はここで雨宿りをしながらコンサートの再開を待つつもりだった。

 そんな時、道路を挟んだ反対側の歩道にミランダが目を止めた。

「あ、大変そう・・・」

 そこには傘を持たない親子連れが、ずぶ濡れになりながら走っていた。若い母親と五歳くらいの男の子だったが、この二人もコンサートの観客だったかもしれない。

 その親子を見てミランダは気の毒に思った。

「もう・・・ホントに嫌な雨よねえっ」

 ミランダは薄暗い空に垂れ込める雨雲を、邪魔臭そうに手でしっしっと追い払っていた。岳太はそこでミランダの左手に気付いた。

「あれ~? ミランダいつの間に指輪なんて着けたの?」

「ハンバーガー屋を出る前かな。岳太がトイレに行ってる間に着けたの」

 浴衣は着てこなかったミランダだったが、朝に岳太から「好きにお洒落をすれば?」と言われたので、念のために指輪を持ってきていたのだ。

「あたしも・・・自分に気を遣うのは止めにしようかな、って思ってね」

 ミランダはそう言いながら左手を薄暗い空にかざして見ている。 ミランダは自分で自分に言い聞かせているようだった。

「へえ・・・」

 岳太が小さく呟いた。

 と、次の瞬間だった。

「だめっ!」「危ないっ!」

 ミランダと岳太が同時に声を出していた。遠くの歩道で先ほどの男の子が勢いよく転んでしまったのだ。走っていた速度のままで前方にヘッドスライディングをしていた。母親が慌てて子供に駆け寄るも、子供は声をあげて泣き出してしまったようだ。

「あ・・・これは痛ましい」

 岳太はその光景を見て切なくなった。母親が子供を抱き寄せるも、子供はそのまま泣き続けている。そんな親子を土砂降りの雨が容赦なく襲う。

「僕ら・・・じゃ、助けられないんだよなあ・・・」

「・・・何もできない自分が悔しいわ」

 それでも母親は我が子を両腕で抱き上げると、再び土砂降りの中を走り始めた。岳太はそれを見ながら「母は強いな」なんて思った。

 ミランダもその一部始終を見ながら言いようのない虚しさを感じていた。母親のことを考えても子供のことを考えても胸が苦しくなった。ミランダは無意識のうちに両手を強く握りしめていた。とにかく痛ましいやら切ないやらで、自分の感情の置きどころがなかった。そんなモヤモヤした気持ちをぶつけるように、ミランダが空を睨み付けた。

「もう・・・なんなのよこの雨・・・みんなに迷惑かけてるのに・・・邪魔だからどっかに行っちゃってよっ」

 けして大きな声ではなかったが、岳太はミランダがそう言うのを聞いた。そしてミランダが手で雷雲を追い払う仕草をしているところを見た。岳太はミランダの指輪の赤い石が、曇天の空に反射して鈍く光ったような気がした。

 風が吹いた。

 次の瞬間、岳太はミランダの指輪から風がそよぐのを感じていた。風は岳太の横顔を撫でながら、周囲の空気ごと上空へと運んでいるようだった。しかしミランダは何も気付かない。ミランダは文句を言いながら雲を追い払っているが、風はミランダの手が仰いだだけの微風ではなかった。

 直後、空から雷雲が消えた。

 まるで強風が細い煙を吹き飛ばすかのように、辺りを覆っていた雷雲は一瞬でどこかに散った。しかし雷雲が消えたのは公園の周囲だけだった。

 そこで岳太は直感した。

 魔法が発生した時の気象データの変化。船会社の一族が使う風の魔法。そしてミランダの指輪が豪華客船の乗客から渡されたという事実。

 それが全てだった。

 岳太はこのままここに留まることは危険だと思った。だから半ば強引にミランダを連れ帰った。天候の回復を無邪気に喜んでいたミランダは、そんな岳太の行動に困惑していたという。ミランダはその時に公園で何が起きたのかを知らなかったし、自分がどれだけ凄いことをしでかしたのか、まるで自覚がなかった。

 もしミランダがあのまま雲を追い払い続けていたら、この夏は地域全体が雨不足になったのかもしれない。

  

    ★

 

「・・・あのお婆ちゃんって、船会社の会長さんだったのね」

 自宅のリビングでパソコン画面を見つめながらミランダが言った。

「つまり、ミランダの指輪はイミテーションじゃなくて、本当に由緒ある指輪なんだろうね」

 岳太はそれで納得していた。

 会長がどういう意図でミランダに指輪を渡したのかはわからない。自分が着けている指輪を偽物と思って軽い気持ちで渡したのか、本物と知っていてミランダにプレゼントしたのか、今となっては知る由もなかった。岳太が調べた船会社の情報に魔法の指輪の話はなかったが、日本では知られていない話なのかもしれないし、空白の三百年の間に忘れられた歴史があるのかもしれない。どちらにしてもイギリスの情報は英語で調べてもらうしかないので、今後のミランダの調査待ちということになる。しかし岳太は指輪と魔法が無関係だとは到底思えなかった。津波を消した魔法も、雷雲を追い払った魔法も、どちらも風が関係している。科学的なデータでも魔法の発生時には急激な気圧の上下動と風の変化がある。やはりそれは風の魔法を連想させる結果だった。ミランダが生まれながらの魔法使いのはずもないので、この指輪が魔法の原因と考えるのが自然だった。

「・・・まさか、騒動の中心に僕らがいるなんて思わなかったな」

 こうして突き付けられた現実を前にして、さすがに岳太も困惑していた。

「・・・ごめんなさい指輪を返します、で解決する問題でもないんだよね。もしミランダが魔法を使えることがばれたら大騒ぎになるし」

「こっそり送り返すとかは?」

「誰が指輪を送り返したのか、突きとめられなければ大丈夫だろうけど・・・指輪と魔法使いはセットで扱われる可能性が高いから、もしも送り主がミランダだと知られたら・・・」

「い、命を狙われたりするのかしら・・・?」

「それはなんとも・・・でも魔法が復活しただけで世の中がこんなになっちゃうんだよ? リスクを考えると誰にも知られちゃいけないと思う」

 二人にとって幸いだったのはミランダが魔法を使った場面を、おそらく誰にも見られていないことだろう。それと指輪の所有者がミランダであることを二人しか知らないことだった。もちろん会長がミランダに指輪をプレゼントしたことを誰かに話したかもしれないし、会長の遺品整理をしている人聞が指輪の紛失に気付くかもしれない。しかし、それならばとっくに誰かが指輪を取り戻しにきているような気がした。由緒ある指輪なら尚更だ。会長が亡くなってから時間が経っているにも関わらず、さらには日本で魔法騒動が起きていて世界中で話題になっているのだから、魔法と指輪の関係を疑う者なら指輪を探しにきて当然のはずだった。おそらく魔法と指輪の関係に気付いている人聞はいないと岳太は思っていたし、ミランダが会長から指輪を譲り受けたことも誰にも知られていないと岳太は踏んでいた。それでも安心して指輪を返すことができないのは、ここで指輪が登場することで、推理ゲームにヒントを与えてしまうことになるからだった。魔法を本気で探し求める人間ならば、そんな些細な情報からでもミランダに辿りついてしまうかもしれない。そう考えると今は何もしない方が得策だった。  

「あたしが父さんに指輪を内緒にしていたのは、結果的には正解だったのね・・・」

 ははは、とミランダが力なく笑った。

「・・・もらいものをする、おろかな娘で、ごめんなさい」

「いや、今はそういうのはいいから」

 岳太は短頭をぽりぽりと掻きながら溜め息をついた。

 今は何もしないのがベストかもしれないが、これから先のことを考えると魔法騒動がどういう方向に進むかが問題だった。時間とともに皆が魔法から興味を失くしてくれれば助かるのだが、おそらくそんなことはありえない。第二の魔法現象が現れたことで、逆に魔法熱はヒートアップするだろう。今までの二人ならそんな話も所詮は他人事だった。どんなに馬鹿げた騒ぎが起きようと、どんなに危険なニュースが流れようと、全ては対岸の火事でいられた。しかし今のの状況では傍観者ではいられない。だからこそ魔法の情報はデリケートに扱わなければならなかった。たとえ親であっても魔法の秘密を打ち明けるわけにはいかないのだ。魔法を手にすることも危険だが、その情報を持っていることも危険なのだ。どこから情報が漏れるかわからないし、情報を知ることで目の色が変わる人間が出るかもしれない。魔法を悪用しようとする人間が近づく可能性だってある。急に大金を手にした人聞が人生を狂わせることがあるように、魔法を手にした人間も、魔法の情報を知った人間も同じようなリスクを背負うことになるのだ。

「それに・・・たぶんこの指輪はミランダにしか使えないと思う」

 あくまで岳太の直感ではあるが、それでもなんとなくその考えには自信はあった。

 昨日、コンサートから戻ってきた二人はミランダの家でずっと魔法の話をしていた。岳太から指輪の話を聞いたミランダは、自分の家に指輪があることをとても気味悪がった。それで岳太が指輪を預かって家に持ち帰ることになったのだが・・・実は昨日の夜、岳太は実際に指輪を使って魔法を試していたのだった。机に立てたペンを魔法で倒そうとしたり、ティッシュペーパーを風で動かそうとしたり、とにかく思いつく限りの実験を試してみたのである。

「僕じゃ無理みたいだね」

 さすがに深夜になって疲れてきた岳太は『こうなりゃ、家の壁でもぶち抜いたろかい!』みたいな勢いでブンブンと指輪を振り回してみたのだが、それでも魔法が発生することはなかった。そこでようやく岳太も自分に魔法の才がないことを理解したし、なにより家がぶっ壊れなくて安心した。

 そんな岳太がミランダに意味ありげな視線を送った。

「やっぱりミランダが実際に試すのが一番いいと思・・・」

「やだ! ・・・やらない!」

 ミランダは岳太の言わんとしていることを察して、すぐに抗議の意を述べた。

「絶っ対に嫌っ! ・・・もう二度と指輪には触りたくないっ」

 と、ミランダは頑なに指輪を着けることを拒否した。

 やや常識はずれな岳太とは違ってミランダは慎重派だ。そんな危険な指輪をお試し感覚で使うような真似はしない。もしそれで魔法現象が発生したらどうするつもりなのだ? ・・・それに、そうなると自分が魔法を使えることを認めなくてはならない。そんなことになったら、今まで通りの生活が送れなくなるような気がして怖かった。

「あたしは・・・魔法なんか・・・いらない」

「世界征服したいとか思わない?」

「思うわけないじゃない・・・やりたきゃ岳太が一人でやってよ」

「僕もうそういいうキャラじゃないんだよなあ・・・」

「あたしにはそういう発想をする人の性格が信じられないよ・・・あたしは絶対に悪いことはしたくない」

「じゃ、いいことに使えば?」

「岳太の言ってることは矛盾してるわ。魔法を使えば誰かに見つかるリスクは増えるのよ?」

「ん~・・・僕は本当のことを知りたいだけで・・・物事に白黒つけたいだけなんだよなあ」

「とにかくっ・・・嫌なものは嫌なのっ!」

 そう言ったミランダの意志は固かった。

 ミランダだって魔法に興味がないわけではない。岳太ほど熱心ではないものの、ミランダも当初は世間の魔法騒動を気にして見ていた。なんといっても日本を救ってくれた魔法なのだ。

 それでも今のミランダは魔法に対してネガティブな感情が強かった。

「きっと魔法に深入りするような人聞は、皆から変な目で見られたり気味悪がられたりするのよ・・・テレビでやってる魔法のニュースなんて大概ろくなもんじゃないし」

 世の中では魔法と関係ないところで変なトラブルばかりが続いていて、正直ミランダはうんざりしていたのだ。

「僕はろくでなしでOKなんだけどなー」

「岳太はろくでなしでも人でなしでも好きにすればいいわ。でも、あたしは嫌なのよっ」

 それからミランダは何かを思い出したように付け加えた。

「それに・・・もし魔法が使えるなんてバレたら・・・そんなつまらない理由で嫉妬されるのも嫌だし・・・」

「あ、トラウマになってるんだ」

「うるさいっ!」

 ミランダは岳太を思い切り睨みつけてやった。

 おそらく岳太にはミランダの気持ちはわからないだろう。ミランダは自分の元から指輪を遠ざけたいと思うような女の子だったし、自分から率先して指輪を試すような岳太とは根本的に性格が違っている。

「それに・・・」

 と、ミランダは小さい声で言った。かろうじて自分の中に残っている、微かなな希望があった。

「・・・たまたま珍しい気象現象に遭遇しただけかもしれないじゃない? ・・・あたしには何も関係ないかもしれないじゃない?」

「いやいや・・・昨日の雷雲が消えた時の天気は、間違いなくミランダの動きにリンクしてたよ」

 それに岳太は地震の日のことも思い出して納得していた。津波が消滅した時間帯にミランダが外からリビングに戻ってきたが、その時に部屋の中を風が吹き抜けていた。たまたまベランダから風が入ってきただけかもしれないが、それでもテーブルの上でノートが風にはためいたのはその瞬間だけだった。

「それに・・・ミランダの昨日の感覚と、地震の日の感覚が同じなんでしょ?」

「・・・・・・」

 昨日、ミランダと岳太はマンションに戻った後でじっくりと話をしていた。その時にミランダは岳太の質問に素直に答えていた。だから岳太にしてみればミランダの裏付け証言は取れているのである。

 しかしミランダにしてみれば、昨日の岳太は明らかに様子がおかしかった。せっかく雨が上がったのに急に帰ろうと言いだしたり、帰路もずっと難しい顔をして口数も少なかった。どちらかというとそのことの方が心配で、ミランダは岳太の言うままにおとなしく帰ってきたのである。そもそもマンションに帰ってきてからの話も、ミランダにしてみれば意味不明だった。いきなり自分が魔法使いだとか言われても信じられるわけがない。だから最初はミランダも岳太の説明を話半分でしか聞いていなかった。しかし岳太が調べた魔法の話をしばらく聞いているうちに、そして魔法現象が発生した時の自分の精神状態や言動を思い返すうちに「もしかしたら・・・」と思うようになっていた。だからこそイギリスの船会社のことも積極的に調べたし、だからこそ自分の傍に指輪があることを嫌がったのである。

 ミランダは自分が魔法を使えることなんて、本当に望んでいなかったのだ。 

 そんなミランダの気持ちを知ってか知らずか、岳太がミランダに優しく微笑んだ。

「だからね? ・・・それを証明するためにも、もう一度だけ指輪を・・・」

「嫌っ!」

 小太りな悪魔の囁きに、ミランダが速攻で拒否反応を示した。こうなるとミランダは魔法アレルギーを発症したといってもいい。そのアレルギーを悪化させるような奴は、もはやミランダの敵なのだった。

「でも、試しに一度く・・・」

「うるさい、しゃべるな、ばーか」

「ミラン・・・」

「ばーか、ばーか」

「ミ・・・・・」

「ばーか、ばーか、ばーか、ばーか」

「・・・・・・」

「ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか、ばーか・・・」

 そして結局、指輪は岳太の家で保管されることになったという。

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