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君の魔法をたべたい、は。  作者: 偽ゴーストライター本人
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第九章

 魔法が復活した影響は国際的なテロ組織にまで及んでいた。

 そのテロ組織は宗教の解釈を歪曲したうえで、自分たちに都合のよい過激思想の国を作ろうとしていた。テロ組織は紛争地域の治安の乱れに乗じて地域を不法占拠するような暴力集団だったのだが、現代社会においてはそんな過激派テロ組織でさえもインターネットを利用していた。クリエイティブに作成されたHPや各種SNSなどを駆使しながら、社会に不満を持つ若者などに組織への参加を呼びかけていた。さらにテロ組織は先進国や他宗教への批判を繰り返し訴え、自分たちと相容れない勢力へのテロ攻撃も示唆していた。テロ攻撃による殉職死こそが天国への道などという狂信的な思想も流布したうえで、自分たちに共感する者への悪しき洗脳も行っていたのだった。

 そんな危険なテロ組織が魔法に着目した。テロ組織は勢力拡大のために自分たちに都合のいい解釈で魔法を利用したのだ。組織の元になった宗教に古代魔法が存在したことや、現在の支配地域が歴史的にも魔法文化が盛んだったことから、自分たちのことを『魔法の聖国』と呼称するようになった。同時にHP上では義勇兵としての魔法使いを募集するようになり、組織でも魔法の研究開発を行うことを発表した。手口そのものは日本で多発している魔法開発セミナー詐欺や、独裁国家が用いた手法と同じ手口だったが、常識的に考えれば荒唐無稽な話だったし、そんな馬鹿馬鹿しい宣伝に騙される人間はいないと思われた。

 しかしヨーロッパで実際に事件が発生すると、世界はその事実に衝撃を受けた。

 ただしその事件で被害者が出たわけではなかったし、魔法によるテロ攻撃が計画されたわけでもない。それはテロ組織の呼び掛けに反応した十代の少年たちが、組織に参加するために国境を越えようとした事件だった。実際のところは事件も未遂に終わったし、少年たちも無事に国境警備隊に保護された。しかし彼らが先進国の裕福な家庭で育った、どこにでもいる普通の子供たちだったことに世界は驚いた。もちろん政治的にも宗教的にも特別な思想は持っていなかったし、それまでに犯罪歴があるわけでもない。そんな普通の子供たちがテロ組織に参加しようと思った理由が『魔法使いに憧れた』や『テロ組織がクールでカッコよく見えた』だったという。おそらく子供たちはテロ組織に参加することがどれだけ危険なことなのかも、この先に待ちうける残酷な運命も想像していなかったに違いない。テロ組織は子供たちが魔法に憧れる気持ちすらも利用して勢力拡大を目論み、はからずも効果が出ていることを証明してしまった。

 これを機に世界中でテロ組織に対する監視の目を強めるようになったが、それでも潜在的には多くの人間がテロ組織に興味を持つようになった。この先のテロを未然に封じ込めるためには人々の良識に頼るしかないのが実情だった。

 こうして魔法騒動は国家間の戦争よりも厄介で、さらに根深くて危険な領域にまで浸透していった。

 魔法という甘い蜜に多くの悪意が群がることによって、世界はさらなる混沌へと向かう。

  

    ★

  

 少年の身元はすぐに判明した。

 青年が聞いた少年の電話番号とメールアドレスが本物だったので、そのメールアドレスを使用している携帯電話ショップで調べたら難なく個人情報を入手できた。もちろんそれは違法行為だし、青年が人の心を操ることができるからこその芸当だった。ショップの窓口で店員に魔法をかければ、ほぼ青年の仕事は終了する。あとは店員が店のパソコンから引き出した情報をメモすればいい。帰り際に店員の魔法を解いて、適当に愛想を振りまいておけば任務は完了する。

 そうして携帯ショップを出た青年は、すぐにある男性に電話をかけた。青年はその男性に少年の見張りと、場合によっては少年の尾行を命令していた。その男性は魔法スポットと知ってわざわざ公園を訪れた観光客らしいので、実際に魔法をかけられるのも幸せだろうと青年は考えている。ただ残念なのは本人にその自覚がないことだろう。そして電話に出た男性によると、少年は公園前にあるバス停にいるらしい。どうやら少年は自宅に帰るためにバスを待っているようだ。少年と別れてから十五分ほど経っていたが、まだ近くにいてくれたのは好都合だった。一般人に尾行を任せるのは心許なかったので、青年は男性を魔法から解放した。もちろん男性の携帯電話の履歴を削除させ、なるべく自分の痕跡が残らないようにした。

 その後の尾行は楽だった。少年の乗ったバスは先ほど調べた住所方面に向かっていたので、青年はのんびりとタクシーで付いていった。

 そして少年がバスから降りて自宅に入るまでを確認し、ここで青年の尾行は完了した。とりあえず少年の身元に間違いはなかったので、青年はそこで引き上げるつもりだった。しかし少年が慌てた様子で家から出てくるのを見て、青年はもう少し尾行を続けることにした。が、それもほんの数百メートル移動しただけで終了した。少年は近所のマンションの中に入っていったのだ。念のために少年が使ったエレベーターの階数だけは確認した。

 青年は続いてタクシーで市役所へと向かった。今度は少年の家族構成や通っている学校などを調査するつもりだった。もちろんそれも魔法を使用した非合法活動だった。

 そして少年の個人情報を概ね調べ終えた青年は、タクシーに乗って定宿にしているホテルへと戻った。もちろんタクシーの運転手もずっと魔法にかかていたが、青年は自らのポリシーに従って正規の運賃よりも多く支払った。

 こうして少年を調査するための下準備は完了した。

 そして翌朝、青年は再び小年の元へと向かった。今回はタクシーではなくレンタカーを使った。

 青年はコインパーキングに車を止めると、まだ人通りの少ない朝の住宅街の風景をぼんやりと眺めていた。この駐車場からは小さな公園の出入り口を確認することができた。その公園がこの地区のラジオ体操の集合場所だった。ここにいれば少年の姿を確認することができるだろう。青年はここから改めて少年の素行調査を開始する予定だった。本当なら昨日の公園で詳しい話を聞くつもりだった。青年の魔法が少年に効かない以上、情報を引き出すにはきちんと話をする必要がある。もっと手荒な手段を用いてることもできたが、それは青年の流儀に反するし好みのやり方でもない。昨日の公園では少年は青年のことを警戒していたし、明らかに緊張していた。それまで普通に魔法談義をしていたのが嘘のように喋らなくなった。その時になって警官をけしかけたのはやりすぎだったと気付いたが、今さら後悔しても遅かった。少年があまりにも大人びていたので青年は加減を間違えてしまった。いくら賢くてしっかりしていても実際にはまだ子供なのだ。久しぶりに魔法が効かない相手が現れたので青年は楽しくなってしまった。浮かれていたのも事実だった。だから思わず悪ノリをしてしまったのだが、結果としては少年を委縮させてしまい話を聞くどころではなくなった。あの状態ではまともな話は聞けないだろうと判断し、冷却期間を置いて少年が落ち着くのを待っている。

 そこには青年の確信があった。

 少年はこの街で起きている魔法現象に関係がある。

 本人が気付いているかいないかは別として、少年の関係者に魔法使いがいる可能性が高かった。この街で魔法が復活していて、青年の魔法が効かない人間がいて、それで両方の関係を考えないほうがどうかしている。だから青年はここにいるのだった。

 時間が経つにつれて、公園には地域の子供たちが集まり出していた。ラジオ体操は朝の六時半からなので、間もなく少年も公園に現れるだろう。少年の性格を考えるとこういう行事をズル休みすることはなさそうだった。もちろん公園に現れたからといってすぐ声をかけるわけではなかったが、ターゲットの人物像を組み上げることによって、その人物からより正確な情報を引き出せると青年は考えている。青年が魔法を使わずに情報を得る時にはこういうやり方が主流だったし、ある種のプロファイリング的な手法かもしれないし、この青年が形式や流儀にこだわるナルシストの証明でもあった。

「・・・ん?」

 青年が車のフロントガラス越しに公園を見ていると、そこに一人の女の子の姿を発見した。だいぶ背が高くて大人びた美人だったが、この時間に公園に集まるということは小学生なのだろう。そして女の子の外見にははっきりとした特徴があり、明らかに日本人離れした顔立ちと茶色の髪をしていた。

 そして青年はその女の子が少年の友達であることを知っていた。昨日、少年が訪れたマンションに外国から転校してきた女の子がいることも調査済みだった。青年は市役所の住民データを調べる時に、そのマンションに少年と同じ年頃の子供が住んでいるかどうかもチェックしていたのである。最初は同じ小学校に通う男の子の家に遊びに行ったと思っていたのだが、エレベーターが七階で止まったことから考えても少年は女の子の家に遊びに行ったと推測できた。

 しかし青年が女の子に注目したのは別の理由だった。

 青年はそこで直感し、そして理解したのだった。

 それは本能といってもいい。

 例えば男性を見た時に「あれは男性だろう」とか、女性を見た時に「あれは女性だろう」と感じることができるように、例えば猫を見た時に「あれは猫だ」とか、虫を見た時に「あれは虫だ」と認識することができるように、青年が持っている感覚はそれに近かった。しかも青年はそれよりも遥かに高い精度でそれを理解することができた。おそらくそれは自らの天敵を見極めるための能力で『あれは魔法使いだ』と、その存在をを知ることができた。

 しかし昨日の少年は例外だった。あの少年は魔法使いではなかった。だから青年もとまどったのである。青年が魔法使い以外の人間に魔法をかけ損なうことは非常に稀だった。しかし現実にはそういうことが起こり得たし、しかもこの街でそんなことが起こるのは偶然とは思えなかったし、間違いなくそこには魔法が関係していると考えてよかった。

 ここに青年の推理が正いことが証明されたのだ。やはり青年が探し求めていた魔法使いは少年の身近に存在した。

 約三百年ぶりに復活した魔法の中心が、今まさに青年の目の前にあるのだった。

  

    ★

 

 その日の朝、日本の上空を謎の飛翔体が通過した。

 テレビでは早朝からその話題で持ちきりだったし、また新たな魔法現象が発生したのか? と、メディアも期待して盛り上がった。

 しかし様々な観測データから推察して、どうやらその飛翔体は弾道ミサイルではないかと考えられた。当然ながら日本政府は大慌てだった。あろうことか早朝の日本列島を日本海から太平洋へと、一発の弾道ミサイルが飛んでいったのだ。事前に他国からのロケット発射の報告はなかったし、他国でミサイル発射実験が計画されている軍事情報もなかった。もちろんこれが戦時中なら『日本にミサイル撃ちまーす』なんて回覧板が回ってくるはずもないのだが、平時の日本政府はこの想定外の出来事にてんやわんやになっていた。そもそも日本列島を横断するようなミサイルを無断で飛ばすことは非常識だったし、もしも飛行中の民間機にミサイルが激突したり落下地点で魚船に被害が出たり、ミサイルそのものが日本に落ちていた場合はとんでもないことになる。そんなリスクを冒してまでミサイルを発射する国はどこか? と、そこで名前が挙がったのが例の独裁国家だった。もちろんまだ断定されたわけではなかったが、そんな愚行に走るのは独自の軍事・外交路線を突き進む独裁国家しか考えられなかった。独裁国家なら日本海から潜水艦型弾道ミサイルを発射することも可能だったし、過去にも潜水艦によるミサイル発射実験を行っていた。公式見解ではミサイルを発射した国もその目的も不明ということになっていたが、大方の予測ではミサイルを発射したのは独裁国家とされた。

 そして弾道ミサイルの飛行ルートを計算した結果、ミサイルは魔法現象が発生した街の上空を通過していたことも判明した。

 これは単なるミサイル発射実験なのか、それとも何かを意図したうえでの威嚇行為なのか、それはミサイルを発射した当事者にしかわからないことだった。

  

    ★


 点けっぱなしのテレビでは朝のワイドショーが放送されていて、話題はミサイル発射に関する物騒なニュースだった。

「・・・なるほど」

 一方、ミランダの家のリビングでも物騒な話がされていて、テーブルの上には麦茶とお茶菓子が用意されいた。ちなみに麦茶のコップは三つだった。

 ちょうどテレビでミサイルの話題が終わったところだったので、金髪青年の「なるほど」の意味がミサイルについてなのか、それとも説明したばかりの魔法の話についてなのか、判断できずにミラダと岳太は顔を見合わせていた。

「私に指輪を見せてもらってもいいかな?」

「あ・・・はい」

 青年にそう促されたミランダはテーブルの上に置いてあった指輪を青年に手渡した。岳太はその様子を横目で見ながら、ミランダが指輪を使って何かをしでかすんじゃないかとヒヤヒヤしていた。

 が、さすがにミランダもそこまで困った子ではなかった。ミランダはそんな岳太に気付いたようで、自分を不安そうな目で見ている岳太をじろりと睨みつけた。

「なによ・・・あたしのことを馬鹿にしてんの?」

「いや・・・別にそういうわけじゃないんだけど・・・」

「・・・岳太が言うところの『ミランダらしく』なくて・・・・ごめんねっ!」

「・・・・・・・」

 機嫌を損ねたらしいミランダに岳太は言い訳したかったのだが、さすがに今はそういう状況ではないのだ。

 その日の午前中、ミランダの家のリビングでは夏休みの勉強会でもなく、魔法現象の反省会でもなく、今までにないゲストを迎えてのミーティングが開催されていた。

 ことの発端は一本の電話だった。

 その電話がかかってきたのは岳太がラジオ体操に行く直前のことだった。こんな朝早くに誰だろう、なんて思いながら携帯電話に出ると、なんとそれは昨日の青年だった。

 思わず岳太が絶句していると、青年はさらに驚くべき発言をしたのだ。

「君のガールフレンドは魔法使いなんだけど・・・もしかして君はそのことを知っていたのかな?」

 いきなり核心を突かれた岳太はもう何も言えなかった。どういう手段を使ったのかは知らないが、青年はたった一晩でミランダを見つけ出したのだった。 

 その後、青年は岳太の個人情報を全て調べたことやミランダの住まいや家族構成などを言い、何より魔法現象の中心にいるのがミランダであることをずばり言い当てた。そして自分が近くのパーキングにいることを告げ「事情を聞かせてほしい」と言ってきたのだった。

 もう岳太にはどうすることもできなかった。とりあえずダッシュで公園近くのパーキングに向かい、そのまま青年の車の助手席に座ることになった。生まれて初めてラジオ体操もさぼることになったが、そんなことは今さらどうでもよかった。

 そこで岳太は改めて青年と魔法の話をすることになった。

 岳太は自分の知っていることをどこまで話すべきか迷っていた。おそらく青年がミランダを魔法使いと断定したのにはそれなりの理由があるはずで、今さら岳太がごまかしても無駄だろう。しかしミランダの秘密を自分の一存で話すのは何かが違うような気がした。だから岳太は青年に提案した。こちらが条件を言える立場でないのはわかっていたが、それでもミランダのことを考えると言わないわけにはいかなかった。

「ミランダと一緒なら・・・そこでなら全てを話します」

 昨日のミランダと話をして得た教訓は、ミランダはここで自分が蚊帳の外に置かれるのを嫌がることと、望んで話し合いに参加するだろう気持ちに岳太が気付けたことだ。

 そして意外にも青年は岳太の提案にあっさりとOKした。それなら・・・と青年は落ち着いて話のできる場所を提供するとも言ってきたが、わざわざどこぞやの会議室やら日本庭園やらにお招きされても困るし、そのまま謎の組織に誘拐されても大変なので、ミランダと相談したうえで「それなら・・・いつものスタイルで」ということになったのだ。

 そして現在に至っている。

「魔法の指輪か・・・」

 青年はミランダの指輪を見ながら不思議そうに首を捻っていた。

「あの船会社の一族に・・・魔法の指輪伝承なんてあったかなあ?」

 青年は誰にいうともなくそうつぶやいた。

「ま、君たちが嘘をついているとは思えないからね・・・ありがとう」

 そう言って青年はミランダに指輪を返した。

「え? ・・・あ、はい」

 指輪を差しだされたミランダが驚いた顔をしながらも、それでも青年から指輪を受け取った。

 それを見た岳太が率直な感想を述べた。

「あの・・・指輪・・・返してもらえるんですか?」

「ん? ・・・もちろん。私に指輪を着ける趣味はないからね」

 青年の言葉を聞いて二人はまた顔を見合わせた。それから岳太がおそるおそる言った。

「でも・・・・ミランダが指輪で・・・攻撃をするかもしれないのに危な・・・」

「しないってば!」

 ミランダが岳太の頭を引っ叩いた。

 そんな二人のやりとりを見ながら青年が楽しそうに言った。

「面白い作戦だね・・・私もその魔法攻撃とやらを受けてみたい」

「嫌です・・・あたしはそういうのは・・・好きじゃないです」

「ミランダは拳で戦うタイプなんだよね」

「うるさい、あんた・・・さっきからあたしのことを馬鹿にしすぎっ」

「それで拳がグーになっているのか・・・なるほどね」

 青年から冷静な指摘を受けたミランダは振り上げた拳をすぐに膝の上に戻した。バツが悪そうにグーとパーを繰り返している。

 岳太はそんなミランダを見てやれやれと思いながらも、それでも自分の選択が間違っていなかったことを知った。ミランダを交えて話し合いをして良かったと思った。

「・・・僕らの知っている魔法の話は、これで全部です」

 話にひと区切りついた感じがあったので、岳太は自分たちにはもう何も手札がないことを告げた。

「うん、そうか・・・なかなか興味深い話だったよ。ありがとう」

 青年はそう言うと飲みかけだった麦茶を一気に口に流しこんだ。それを見て麦茶を注ごうとしたミランダを手で制しながら青年が言った。

「君たちもわかっているとは思うけど、魔法の秘密は誰にも話さない方が賢明だよ」

 ミランダと岳太は青年の言葉を聞いてやっぱり顔を見合わせた。

「魔法は世界中から狙われているからね・・・その秘密を知っているだけで命を狙われることだってある」

 その言葉にミランダも岳太も一瞬、息を呑んだ。

 そんな子供たちの緊張を察したのか、青年が柔らかい口調で言った。

「まあ・・・とりあえず私はイギリスに行って船会社の情報を調べてくるよ。もし何かわかったら、その時は君たちにも報告するよ」

 それから青年は悪戯っぽい顔で「だから君たちも、私のことは秘密にしておいてくれよ?」とウィンクした。

 それを見て二人も笑顔になった。

「それじゃ私は帰るよ」

 青年はそう言って立ち上がった。

「早速、イギリスに帰る準備をしないとね」

「え? ・・・あの・・・」

 これには岳太もとまどっていた。

「・・・僕たちは・・・どうすればいいですか?」

「・・・麦茶、おかわり・・・あります」

 もちろんミランダもとまどっていた。

 そんな二人の頭には同じような疑問が浮かんでいた。

 そんなモヤモヤをミランダが言葉にする。

「あたしたち・・・どこかの組織に誘拐されたりしないんですか?」

「君たちが魔法の秘密を隠しとおすことができれば、多分そんなことにはならにと思うよ? ・・・だから気をつけてね」

「あ・・・いや・・・そういうことじゃなくて」

「記者さんは・・・僕たちのことを利用しないんですか?」

 ミランダの質問の続きを岳太が補足した。

「僕らのことを、どこかの組織に売ったりしないんですか?」

「あ・・・成程、そういうことか」

 ようやく二人の意図を理解したらしく、青年が慌てたように言った。

「・・・私が魔法を追いかけているのは単なる好奇心なんだよ。もし魔法に関係するような事件が起きた時に、その中心にいる魔法使いを把握しておきたかったんだ」

 二人が納得するかしないかはともかくとして、それが青年が魔法を追いかけていた理由だった。自分の知らないところで自分の知らない魔法使いが事件を起こした時、それが誰かに魔法を利用されたうえでの過失だとしたら、それはあまり気分が良くない。そこを見極めるためにも魔法使いの身元くらいは把握しておきたかったのだ。

「そうか・・・君たちにしてみれば、私は君たちを捕まえにきた悪者に見えたのか・・・」

「いえ・・・別にそういうわぇでは・・・」

「ごめんなさい・・・あたしはそう思ってました」

「・・・彼女の方は素直だね」

 青年はそう言って力なく笑った。

「私は・・・まあ・・・フリーのジャーナリストみたいなものなんだよね」

 だから特定の国や組織には肩入れしないんだ、と青年は言葉を続けた。岳太もそれを聞いて一応は納得した。この青年も公園でのいざこざを除けば確かにいい人だった。

 それなら・・・と、ここで岳太は青年に切り込んでみた。

「イギリス政府の関係者じゃないんですか? さっき・・・イギリスに『帰る』準備をするって言いましたよね・・・?」

「あ・・・私はそんなことまで言ってしまったのか」

 青年は思わず苦笑した。

「・・・どうも君たちと話をしていると楽しくてね・・・ついつい気が緩んでしまったか・・・にしても、君はやっぱり頭がいいなあ」

 それから青年はおどけた様子で「ノーコメントだね」と笑った。

 知られたくない真実があるならば、少しのヒントも与えてはいけないというのが青年の考え方だった。

 

    ★

 

 青年が帰った後、ミランダと岳太はリビングでぐったりしていた。

「・・・結局、あの人は何者なんだろう」

 カーペットの床で寝転がっている岳太が言った。

「自称・ジャーナリスト・・・おそらくイギリス人・・・の魔法使い・・・?」

「・・・なんで、もっと質問しなかったのよ?」

 こちらはソファーで横になっているミランダが言った。

「・・・あたしはついさっきまで変質者だと思ってたわ」

「変質者って・・・」

「だって他人を尾行したり、住所を調べたり、家の近所をうろついたり・・・やってることが完全にやばい奴なんだもん」

「それだと警官も探偵も新聞記者も、みんなやばい奴になっちゃうよ・・・」

「大体、あたしを見て魔法使いだと気付いたなんて話が、そもそも怪しすぎるでしょ?」

「・・・じゃ、よく家に入れる気になったね」

「だって変な場所に連れていかれるのは嫌じゃない・・・それなら家の方が安全だし」

 ミランダはそう言って起き上がると、ソファーの下に手を突っ込んでなにやらゴソゴソし始めた。

「いざとなったら、武器だってある」

 そう言ってミランダはソファーの下から金づちやらペンチやらドライバーやらを引っ張り出した。それを見て岳太が呆れたように言った。

「なにそれ? 日曜大工でもするの? ・・・せめて包丁くらい用意しないと・・・」

「怖いこと言わないでよ」

 ミランダが渋い顔をした。

「それで本当に刺しちゃったらどうするのよ?」

「う~ん・・・」

 一瞬、ミランダなら本当に刺すかもしれないと思った岳太だったが、そんなことを言ったら大変なことになるので無論、何も言わなかった。

「それに、あたし一人だったら家になんか入れないわよ」

 そこには岳太が付いているという信頼感がある。

「いざとなったら・・・岳太を盾にして逃げる!」

「う~ん・・・」

 まさか岳太もここで自分の存在価値を見つめ直すことになるとは思わなかった。

 再びソファーに寝転がったミランダが清々したように言った。

「でも・・・なんか、スッキリリしたよね?」

 どうやらミランダも岳太と同じようなことを感じているらしかった。

「まあね~・・・少なくとも僕らの周りが敵だらけってわけでもないらしい」

「このまま何も起きないといいなあ・・・もう変な騒ぎとかに巻き込まれたくないもん」

「そうだね・・・そうなるといいね」

 岳太もそうなることを祈っていた。もう魔法絡みのトラブルに巻き込まれるのは嫌だったし、もし神様がいるならば願いたいことが山ほどあった。

 世界が平和でありますように・・・半ば本気で岳太はそんなことを考えている。

 たしかに平和が一番だろう。

 しかし世の中、そんなに甘くはないのであった。

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