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君の魔法をたべたい、は。  作者: 偽ゴーストライター本人
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序章

「津波が! 津波が消えていきます! 押し寄せていた津波が消えていきます! ・・・そして・・・そして穏やかな海に戻っていきます!」

 ヘリコプターから撮影された映像に現場の記者の声が重なった。

 後にその映像は世界中に配信され、それを見た視聴者はその信じられない光景に衝撃を受けた。

 その映像が撮影される三十分ほど前に、東北太平洋沖を震源とする巨大地震が発生した。その地震により沿岸部には大津波警報が発令され、住民は直ちに避難するように指示された。震源に近い地域では大規模な停電が発生し、人々は一時的に情報からも遮断された。あまりにも突然の出来事だったため、被災地だけでなく日本中に緊張が走ったのだった。

 取材で海岸線を飛んでいたヘリコプターに緊急無線が入ったのはそんな時だった。ヘリの乗員はカメラマン、記者、ヘリ操縦手の三名。彼らはその無線で巨大地震の発生を知り、これから地上で何が起きようとしているかを知った。大津波警報という言葉が彼らの心に重くのしかかっていた。そのため沖合に白波が見えた時には彼らは絶望感に襲われた。まだ避難を終えていない人がいるかもしれないし、津波がくることを想像していない人がいるかもしれない。しかし彼らにはその状況を見守ることしかできなかった。

「おい・・・なにか・・・なにか様子がおかしいぞ!」

 そこで驚きの声をあげたのはカメラマンだった。

 それはまるでスローモーション映像のようだった。

 今まで猛スピードで海面を走っていた白波が、少しずつそのスピードを落としていったのである。カメラマンは思わずファインダーを覗くのを止め、肉眼で海面を確認してからもう一度カメラを覗きこんでいた。津波は陸地に近づけば速度が落ちていくものだが、この速度の落ち方は通常のそれとは違って見えた。

 そしてカメラマンの指摘を受けた記者も、その奇妙な現象を目の当たりにしていた。

「な、なんだ・・・海の上に・・・海面に津波を遮るものが・・・か、壁でもあるのか・・・?」

 記者は自分が口にしている内容がおかしいことに気づいていた。しかし目の前で起きている出来事を表現するのに、他の適切な言葉がみつからなかった。

「い、いや・・・違う」

 ファインダーを覗いていたカメラマンは冷静に状況を分析しようとしていた。

「波が・・・津波が・・・何かに押し戻されているようだ」

 カメラマンの目には津波が壁にぶつかっているのではなく、少しずつ何かに押し戻されいるように見えた。上り坂を上っていたボールが止まり、やがて転がり落ちていくことに似ているかもしれないとカメラマンは思った。

「もしかしたら・・・この波は津波の第二波なのか? ・・・そこに第一波の引き波がぶつかって、それが打ち消しあっているのか・・・?」

 カメラマンは自分自身にそう問いかけていた。目の前で起きている出来事を常識的に判断しようとするなら、そう考えるのが妥当だった。

「そんな馬鹿な!」

 記者はカメラマンの言葉を否定した。

「このヘリは地震発生前から飛んでいるんだぞ!」

 もし津波がそれ以前に発生していたとしたら、彼らがそれに気づかないはずはなかった。陸地には津波が到達した形跡はなかったし、彼らが白波を発見するまでは海面に目立った変化はなかった。つまり彼らが発見した白波が津波の第一波であることに間違いはなかった。

「そうだ・・・そうなんだよな」

 記者の言葉にカメラマンが大きく頷いた。彼らは地震発生の報を受けてから注意深く地上を見ていたのである。そんな彼らが津波の第一波を見逃がすはずがなかった。


『それなら目の前で起きている異変はなんなのか?』


 おそらくこの光景を目撃した人間なら誰もが考える疑問だった。彼らは白昼夢を見ているわけでもなければ、作り物の映像を見ているわけでもない。彼らは現実で起きている出来事を正しく認識していた。ほんの数十分前に大地震が発生し、その直後に大津波警報が発令され、そして実際に津波が押し寄せてきた。しかし津波は陸に到達する直前に『何か』によって行く手を阻まれ、そしてその姿を消そうとしている。この数十分の間に誰も想像していなかった出来事が立て続けに起きていた。

 しばしの沈黙の後、カメラマンが静かに口を開いた。

「・・・俺は、撮影に集中する」

 カメラマンはファインダーの向うにある現実を直視することにした。この現象がどういうものであれ、真実を撮影するのが彼の仕事だった。

 それに呼応するように記者も小さく頷いた。

「・・・そうだな」

 そこで彼らは一切余計なことを考えるのを止めた。目の前で起きている出来事を真摯に受け止め、それを正確に伝えるこに集中した。

 彼らはジャーナリストとしての職務を全うすべく、そこで起きている出来事をありのままに記録した。

 後に『奇跡の瞬間』と呼ばれるようになったその映像は、こういう状況下で撮影されたのだった。


     ★


 かつて世界には『魔法』と呼ばれる未知の力が存在し、それを使いこなす『魔法使い』と呼ばれる人聞も存在した。魔法使いの数はとても少なく、歴史上でも稀有な存在として重宝されていた。

 しかし約三百年ほど前を境に、魔法は歴史の表舞台から姿を消した。いつしか人々も魔法は絶滅したものと考えるようになり、今では映画や小説などのファンタジーで描かれるだけになった。それは絶滅した恐竜や歴史上の人物と同じ扱いでしかなく、今となっては栄華を誇った大帝国も時代を動かした偉人も過去の遺物、ということだった。

 そのはずだった、のだが・・・。

 

『魔法が復活した!』


 そして世界は大騒ぎになった。

 約三百年の空白期間を経て、魔法が二十一世紀の現代社会に蘇ったのである。これが騒ぎにならないはずがなかった。世界中の人々が津波が消滅する場面を目撃したのである。そんな途方もない物理現象が現代科学で説明できるはずもなく、残された可能性からも『魔法』による魔法現象であることが結論づけられた。このニュースを取りあげる海外メディアの中には『日本を救うために魔法が復活した!』とか『経済大国ニッポンは、魔法大国ニッポンに生まれ変わる!』とか『神秘の国ジパングが復活した!』なんて囃したてるところまであった。この数百年で魔法が確認されたのは初めてのことだったので、世界中が注目するのは当然といえば当然のことだったのだろう。

 しかし魔法の復活によって世界は大きく変わろうとしていた。

 魔法は未知の現象である。

 かつては当たり前のように存在していた魔法だったが、科学全盛の文明社会においては新たに出現した『異常な力』なのである。世界中がインターネットで繋がり各国が軍事兵器で武装する現代社会にとっては『パンドラの箱』が開いたといってもいい。ロケット技術がミサイルに転用され原子力が核兵器に利用されるように、扱い方次第では魔法も危険な軍事カードになりうるのだ。極端なことをいえば『魔法を手に入れた国が世界の命運を握る』といっても過言ではないだろう。津波を消滅させた強大な魔法のエネルギーにはそういう危険な一面も持ち合わせているのだった。

 そんな魔法が二十一世紀の日本で復活したのである。

 現代に蘇った魔法は世界にどんな影響を与えるのか?

 魔法に関わった人間にどんな結末をもたらすのか?

 それは誰にもわからない。

 それでも魔法は復活してしまったのだ。

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