98話 波乱、そして決闘へ
美月が寮に引っ越してきた日、事件は起きた。
夕方、日が暮れるのがだいぶ遅くなってきて5時だというのにまだ明るい、そんなことを零が所在なく思っていた時。
いつも通り雨宮たちを揃えて5人で勉強会をしていた時。
あまりにも当たり前になっていたせいで、零も忘れていた。
「ちょっとっ! こんな時間に兄さんの部屋に集まって何をしてるんですか!」
美月の存在を。
「引っ越しの片付けがある程度終わったから兄さんに寮内を案内してもらおうと思ったら……説明してくださいますよね、兄さん?」
「えっと、うんと、そうだな」
ハイライトが入っていない目をした美月が瞬間で零の前に現れたので、零は答えるのに吃ってしまう。
「なんですか、夕方なのに自分の部屋に女を連れ込んで」
「夜なら良いみたいな言い方をするな」
「夜に私を連れ込むなら大丈夫です」
「なぜ妹を部屋に連れ込むんだ…」
美月は零に言いたいことを言い切ったかと思うと、今度は丸机の周りや零の椅子で寛いでいる雨宮たちを一通り睨む。
「あなたたちは弁解する気がありますか? 兄さんの部屋に踏み込んでいるというこの事実に」
「はーい!」
美月の威圧にも負けず高らかに手を挙げたのは大宮。
「わたしたちは勉強会をしているだけでーす!」
まあ、そうだ。勉強会という名目のもと集まっているし、たしかに勉強をしている。
だが、そんな答えでは美月は満足するはずもない。
「勉強会というのに、まだ雨宮さんしか勉強していないじゃないですか。それに大宮さんがなんで兄さんの椅子に座ってるんですか」
「そろそろ始めるところだったんだよー…!」
「それなら自分の部屋で休憩すればいいじゃないですか。兄さんの部屋に来ても休憩しているのは、どう考えてもおかしいと思いますが?」
「そ、それは…」
言えない。零に会いに来ているのが勉強会の理由の8割だなんて、そんなこと言えない。そう思って戦艦大宮は沈没する。
「失礼な〜私だって勉強したくないのにやらされてるんだぞ〜。頑張ってるんだぞ〜」
「音宮さんはそうですね、とりあえずふんぞり返ってお菓子食べてる今の状態を直したら話を聞きます」
「なんか後輩に注意された!」
そのままずるずると泥に溶けるように沈んでいく戦艦というか輸送艦音宮。
「あらあら、随分と元気ですね、美月さん? 零さんと血が繋がっているというだけで、少し出しゃばり過ぎているのでは?」
ここでドスを効かせて浮上したのは高宮潜水艦。美月空母に対して容赦なく魚雷を浴びせる。
だが。
「貴方が一番の問題ですよ、高宮さん。一体なぜ、勉強会というのに香水を付けてきているのですか?」
「あら、随分とお鼻が利くようで」
「匂いからしてわざわざこの勉強会のために付けてきているように思えますが?」
「それは当然。殿方、果ては将来の旦那様となる方にはこれくらいの準備、当然です」
「おい、誰が将来の旦那だ」
一歩も退かない美月と高宮を止めるべく、零が中に入る。
だが、少し遅かったかもしれない。
「大体、貴方がたがこうやって兄さんの邪魔をしてしまうこと自体に腹を立てているのです。兄さんの貴重な時間を無駄にしている時点で許されません」
「いえいえ、そんなことはありませんよ。見てくださいそこの本棚を。娯楽小説に溢れているではありませんか。貴方の大好きなお兄様は、その貴重な時間を自分で潰していらっしゃいますよ?」
高宮が煽った先は美月だったはずなのに、いつの間にか零も巻き込まれている。
なぜラノベのことを言った、と高宮を睨んでみるが本人は楽しそうに笑うだけ。
「少しお兄様を神格化し過ぎでは? 零さんはたしかにこの世に比類する者がいないほどのお方ですが、人ですよ? 友人と話す時間があってもよいのでは?」
高宮がダメ押しを入れると、美月は口をきゅっと結んで零の方を見る。
「兄さん、私がいない間にかなり堕落したご様子で…。あの手の娯楽は美月の家に来た時だけ、とおっしゃっていたじゃありませんか⁉」
「ああ、まあそれは、そうだな」
美月にああいうものを常日頃から読んでいると言ってしまうと、没収されかねない。そう思って嘘を吐いたのがここで明らかになってしまう。
適当にごまかそうとしていた零だが、美月の体が震えているのが分かった。
まずい、そう思った時には時すでに遅し。
「兄さん、4月の初日、勝負です!」
「やっぱり…」
「兄さんが負けたら、私がみっちり鍛え直して元の兄さんにまで戻しますから!」
俄然やる気になっている美月に対し、零は考え直せと説得しようとしている。
しかし美月も考えを変える気はないようだった。
それに。
「では方法や場所などは私が準備いたします。一応性別の差がつかないように配慮させていただきますので」
美月と同じかそれ以上にやる気になっている高宮。
「お前、絶対はじめからこのつもりだっただろ…」
「え、何のことですか♪」
「こいつ…」
こうして半ば強引に、美月と零の決闘が決まったのだった。
次回、零死す!みたいな形にはならないので安心してください(誰もそんな心配はしていない)




