96話 春休みへ
春という季節でよく使われるキャッチコピーは「出会いと別れの季節」で。
しばしば出会いの方が重視されがちな風潮を感じることもあるが。
やはり別れと言うのは人間の人格形成に関わってくるほど大きなことで。
ましてや高校生なんていう多感な時期では別れがどれほど大事かというのは言うまでもない。
「とかいうラノベを見たんだけど、そういうのわたしたちにはまだ関係ないよねー」
「おおっ、一気に雰囲気を破壊したなお前」
一応2年生の区切りなんだが、と文句を言いたくなる零だが思っていることに大差はないので口を噤んだ。
「温かいお茶をいれましたよ」
「お、ありがとう」
すっかり零の部屋の勝手を知った雨宮がマグカップにお茶をいれて持ってくる。
ひとりひとりに渡す姿を見て、音宮が呟く。
「なんか奥さんみたい。正妻、みたいな?」
「えっ⁉ わっ、きゃっ!」
「おいっ、危ない」
音宮の台詞を聞いて思わず動揺した雨宮が、持っていたトレーごとお茶をこぼしそうになったので零が慌ててフォローする。
間一髪で部屋が洪水になることは避けられたが、トレーを持つ雨宮の手に零の手が包み込むような状態になっている。
「えっと…あの…」
「? ああ、すまん」
零はなんでもないように手をどけたが、雨宮は明らかに意識してしまっているようで耳まで真っ赤にしている。
「こんなので3年生をやっていけるのかねぇ」
「右に激しく同意」
大宮と音宮が、雨宮の初心っぷりに呆れているが、雨宮には聞こえていない。目をぐるぐる回してオーバーヒートしている。
「とりあえずずるいので、零さん、ハグしましょう♪」
「お前のとりあえずは意味がわからん! なぜハグになるんだ!」
「堅いこと言わずに、ほらほら♪ 柔らかいですよ〜」
「女子が自分でそういうことを言うなっ!」
一瞬想像した自分を殴りたくてしょうがない、そんな零を見て満足そうにしている高宮。
「ついでにれいにゃんは相変わらず平常運転だねー」
「あの顔は零っちにしかしないっていうのが、れーちゃんの怖いとこなんだよね〜…」
ソファで横並びに座って鑑賞会みたいに傍観している大宮と音宮は、2人の熾烈なヒロイン争いを我関せずといった感じである。
お茶を飲んでのんびりしている2人だが、ふと音宮が思い出したように言った。
「って、あすっちはいいの? あれに混ざらなくて」
「うん?」
やけに大人しいな、と音宮は不審がるが、大宮はいたって変わらない顔をしている。
だが、大宮のそれは余裕から現れるもので、
「いや、最近は零くんと夜にラインしたりしてるから焦る必要もねー」
たしかにそういう目で見れば、大宮の表情は強者のものであった。
「前なんて夜遅くまで電話して話し込んじゃったー」
「あら、聞き捨てならないことを言いましたね、飛鳥さん」
と、さっきまで零に夢中になっていた高宮が動きを止め大宮の方を見る。
「なんですか、零さんと夜に電話してるって」
「その言葉の通りだよー! 零くんからもらった本について話したり、ぐだぐだと雑談したり」
「前者は認めましょう。ただしもう片方はおかしいです。誰の許可があって夜に零さんと他愛もないことで盛り上がってるんですか」
「なんで許可がいるんだよ」
呆れていた零だったが、さすがにツッコミを入れた。
「零さんはみんなのものです、独り占めはよくないです」
「れいにゃんが1番独り占めしようとしてたけど?」
「安心してください。私が妻になっても飛鳥さんたちが零さんの愛人になることは辛うじて認めてあげますから」
「いつの間にか浮気性になってるのやめてほしいんだが?」
高宮が胸を張って寛容な態度を示しているが、全然寛容でもなんでもない、と大宮は抗議している。零のことは無視。
「はあ」
思わずため息を吐いてしまう零。
このメンバーでまた1年間過ごすのと思うと頭が痛くなってくる。
「いいんだよ零っち。疲れたら私のところへ飛び込んでくれば」
「頼むからお前だけはまともであってくれ」
「泥棒猫作戦、失敗である」
音宮まで毒されたか、と零は頭を抱えた。
「あ、そういえば零くん。3月の最後の方は予定空けておいてください、と伝言を預かりました」
「伝言? 誰から?」
「誰でしょうね」
何故はぐらかすんだろうと思ったが、深く追及しなかったことを、後々になって後悔する零だった。




