94話 卒業式
3月1日。暦の上で春の始まりに霞北学園は一大イベントが行われる。
卒業式だ。
3年生には次のステップに進むための一つの通過儀礼。
1、2年生にとっては大事な先輩たちとのお別れ。
だが零たちにとっては。
「なんで朝から準備しないといけないんだ…っ!」
「生徒会ですから仕方ないですよ」
「でもこんな朝からやらなくても~」
愚痴の対象にしかならなかった。
「京華ちゃんは送辞だねー! 頑張らないと!」
「主席の零さんがやらないのは前代未聞らしいですね」
「なんだ、高宮。喧嘩でも売ってるのか」
高宮は嬉しそうにくすくすと笑いながらマイクの調整をしている。
その横で卒業証書などの大事なものを運んでいる雨宮が怒っている。
「なんで私がやるんですか! いえやりたくないんじゃなくて、なんで零くんじゃないんですかってことが言いたいんです! 別に問題とか起こしてないのに、一体いまの教師陣は何を考えているのですか!」
「いやまあ、日ごろの態度とか見る限り俺よりも雨宮の方が信用できるって言うのは分かる話なんだけど」
零としては別に不満がないようで、せっせと机や椅子を運んでいる。
「それはともかくとして、もう卒業式なんだねー。早くない?」
「あすっちは先輩とも仲良かったもんね~。やっぱり寂しい?」
「うんー。やっぱり部活でお世話になった先輩とかがいなくなっちゃうのは寂しいかなー」
大宮は朝から少し感傷的な気分になっていることが零からも伺えた。
その後、滞りなく卒業式を迎えることが出来た。
雨宮の送辞はそれはもう定型文の塊みたいだったが、卒業式は卒業生が主役なのでこれくらいでちょうどいいのだろう。
卒業生の答辞の方は元生徒会長の伏見が行ったが、何とも言えないくらいに後輩のことを心配するような文言だった。一体誰に向かって言っているんだか。
そうして円滑に式は閉会され、卒業生は自分たちの教室でくっちゃべり、その間に在校生は各自部活でのお別れ会を準備していた。
「なあ、思うんだけど、この時間ってSクラスの連中は何をしているんだろうな」
「いや、まあ話をしているんじゃないですか。3年間振り返って」
「そう思うと最後にSクラスになったやつって結構不憫じゃないか?」
「さすがにクラスの垣根を越えて話しているらしいよー」
雨宮と零が話していると、目を少し赤く腫らせた大宮が戻ってきた。
「飛鳥さん、落ち着きましたか?」
「いやーまさか卒業式で泣いちゃうとは。しかも在校生である私の方が」
あはは、と笑っているあたり、式で泣いてしまいその顔を見られたのが恥ずかしかったのだろう。
「でもこの後も部活の方でお別れ会みたいなのがあるんだろう? 大丈夫なのか?」
「正直、また泣いちゃうのが目に見えてる」
「まあそうだろうな」
零は、大宮って意外に涙腺が弱いんだなと思ったが、口に出すと怒られそうなので言わなかった。
「じゃああすっちを置いて、帰宅部の私たちは帰ろ~」
「そうだな」
「ちょっ、あなたたちは先輩の顔を見ようとかないんですか? ほら、生徒会長だった伏見さんとか」
さすがに会うのはこれで最後なのだから、と雨宮は思ったのだが、零と音宮の考え方は違った。
「何言ってんだ? せっかく半日で学校が終わるんだから帰らなきゃ損だろ」
「最近、勉強会ばっかだったし、そろそろ休憩したいよね~」
そういうものなのか、と驚いているのは雨宮だけで、高宮も帰る支度を整えて教室を出ていく。
「じゃあ、わたしももう行くからー!」
高宮も走り去っていき、教室に残ったのは雨宮だけ。
「私も帰りますー!」
自分一人でも挨拶しに行こうかと考えたが、よく考えればそんなに話したこともない相手なので雨宮も零たちに追いつくように教室を急いで出た。




