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91話 バレンタインデー(後半)

 夕焼けとは言い難いほど暗くなっている学校からの帰り道。


「こ、これはまたすごい量ですね」


 帰ってすぐ勉強会だから、と零の横に付いて歩くのは雨宮と高宮だ。


「紙袋を持って行け、と予め大宮に言われていたけど正解だったな…」

「そ、そうですねっ」


 何やら慌てている様子の雨宮だが、零には目線を配る余裕がない。


 そんな雨宮を高宮が温かい目で見ている。


「んー…でも…そうですね」


 急に何やら小言を呟いている高宮。考え事をしているようだ。


 そう思っていると顔を上げて零に尋ねる。


「お持ちしましょうか、零さん?」

「い、いや…だ、大丈夫……。ちょっと予想外…だっただけだから…」


 両手の紙袋から溢れ出そうなほどのチョコを抱えている零。ひとつひとつは軽いチョコでも合わせればそこそこの重さにはなるらしい。


 聞いた高宮は、ふむふむと言うと、零の前に立ってからかうような仕草をしながら言った。


「そんな零さんに、チョコをあげましょう♪」

「た、高宮…いまその冗談は笑えないんだが…」


 本当に辛そうにしている零に、高宮は変わらず微笑んでいる。


 だが急に雨宮の方を向いて、さっきよりも温かい笑顔で微笑みかける。


「ーーですって、京華さん」

「えっ⁉」


 急に名前を呼ばれて、何を、とも、何が、とも言っていないのに慌てる雨宮がとっさに右手を後ろに隠す。


「ん? 雨宮がなんだって?」

「いえ、別に」


 高宮は多少含意があるような笑いを零に対して浮かべ、何事もなかったかのように少し前を走っていく。


「何だったんだ…? ん、雨宮?」


 雨宮に関係することだろうか、と零が雨宮の方を見ると、彼女は俯いていた。わずかに望める顔は真っ赤だ。


「ど、どうした?」

「べ、別に…零くんには関係ありませんっ!」


 とたとたと逃げるように走り出す雨宮は、あっという間に零の視界から消えた。


「何だったんだ…」


 零は戸惑って立ち尽くした。




 汗をかいたので零は帰ってすぐにシャワーを浴びたが、浴室から出ると既に雨宮が机に勉強道具を広げ座っていた。


 だが、見ている限り勉強が手についていない。ペンは持っているが微動だにしていない、という感じだ。


「おい、雨宮」

「えっ⁉ はいっ⁉」


 零が雨宮の肩に手を置くと、びくっと体を震わせている。


「いや名前呼んだだけなんだが」

「えっと…変なところで名前呼ばないでくださいっ‼」


 目を少し彷徨わせたかと思ったら、謎の逆ギレをされる零。


 突然の理不尽に零は戸惑いを感じたが、そういう日なのだろうと割り切って逆に宥めるようにした。


「大丈夫か? 体調悪かったら休んでいいぞ。なんかあったかい飲み物とか持ってこようか?」

「べ、別に大丈夫ですっ!」


 零が気遣うように回り込もうとすると、隠れるように体を背けてしまう。


 雨宮の右側へ行くと左を向き、左側に行くと右を向き、右側へ行くと見せかけて左側へ行くと慌てながら左右に体を回転させた。


「――って遊ばないでくださいっ!」

「おお、すまんすまん、つい」


 からかいすぎて雨宮が少しむくれてしまった。


 ちょっと落ち着いたところで、雨宮が一つ深呼吸を入れ意を決したように言う。


「あ、あの! 零くん!」

「ん?」


 どうにでもなれ、という気概で鞄の中から小包を出そうとした、そのタイミングで。


「零さん。お邪魔しますね」

「おう、高宮か」


 水を差された上に。


「零さん、バレンタインですのでチョコを持ってきました。受け取ってくださいますか?」

「もちろん。ありがとう、嬉しいよ」


 自分がやりたいことを目の前でやられて。


「まあ、中身に妖しいものが入ってないかチェックはするけどな…って…?」


 ぷっくり膨れてしまった雨宮がいた。



「悪かった悪かった。雨宮もありがとうな」

「別に零くんは何も悪くありません! というか私が悪いんですから気にしないでください!」


 零が雨宮のことを察して自ら受け取ろうとするまで、雨宮は怒って少し目には涙を湛えていた。


 邪魔してしまった張本人の高宮も悪気はなかったのだが、ずっと謝っていた。


「まあまあ、というかここで食べてもいいか?」

「えっ? ま、まあいいですけど…」


 雨宮の許可を取り、零は包装を取って中にある物を覗いた。


 普通のクッキーに、チョコとクッキーがチェック柄に交互に出来ているもの、星形のものなどが入り混じっている。


「これはよくできてるな」

「こどもっぽいって思いましたか…?」

「まさか。どれも形や味が違って見ても食べても飽きなくて、いいんじゃないか?」


 中にあるクッキーをどれにしようか選びながら食べている零。


「零くんってそういうの興味ないかなって思ったんですけど、意外と女子っぽいところもあるんですね」

「いや、まあ、そうだな」


 知っている人、仲の良い人から貰ったことがなかったので大切に食べている、なんてこっぱずかしいことは零の口からは言えなかった。


「…京華さんのものでお腹いっぱいになって、私のものを食べないとか許しませんからね…」

「お前のは普通に危険そうだが、食べれそうだったらちゃんと食べるから」

「さすがに髪の毛とかは入れていませんから安心してください」

「高宮は髪の毛とかそんなチャチなもんじゃないと思うんだけど?」


 高宮が恨めしそうに言ってきたが、なんだかんだで彼女も雨宮の作ったクッキーを食べているから、別に怒ってはいないだろう。


 そんなこんなでバレンタインデーは平和に終わった。


 バレンタインデー、当日、は。



 後日、高宮から貰ったものにはなにやら怪しい成分が入っていて、その日の記憶はなくなり、大宮からもらったものは砂糖と塩を間違えていて滅茶苦茶まずかったし、音宮はバレンタイン特別ソング(ロックを送り付けてきて、興味本位で聴いたらその日の記憶が消えた。

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