90話 バレンタインデー(前半)
長くなったので前半後半に分けました
時は2月14日。俗に言う、バレンタインデーである。
モテない男子が「お菓子メーカーの陰謀だ」などとのたまい、モテる男子が「甘いものは苦手なんだよな」と言い、女子の間では「誰に渡そう」だの「友チョコ」だの、「抜け駆けがどう」だの、一体誰にメリットがあるのか分からないバレンタインデー。
という卑屈なことを言ってみても結局何だかんだで全員参加のバレンタインデー。
しかし、この年のバレンタインデーは平日。
そう、1番争いが泥沼化する平日である。
学校に行けば大抵の男子がソワソワしていて、下駄箱を開けるときにチラチラみてみたり、おもむろに机の奥に手を突っ込んでみたりする。
モテる女子や好きな女子の動向にいちいち一喜一憂して、逆に女子は好きな男の子や気になる男子が1人になるタイミングを伺って、渡せたら喜び渡せなかったら友チョコに回す。
バレンタインが平日でなければ、もらえない男子はもらえない言い訳ができるだろうし、彼氏彼女は素敵な雰囲気の中デートでもしながら渡すのだ。
しかし平日。
零が学校生活を送っている霞北学園も、先述した例に漏れることなく同じ現象が起きていた。
零の下駄箱には、膨大にして望外な量のチョコが入っていて、朝早めに来たというのに開けたら流れ出る始末。
最後の方に入れてくれた女の子はどういう思いでチョコを入れていたのだろうかと思いながらも、零は甘いものが好きなのでありがたく頂いた。
教室に入ると、明らかに一つの机だけ山を作っている。もはや隠す気もないらしい。
と、教室に入る前に一人の女の子に呼び止められた。
「あ、あの、零せんぱいっ! ちょこ、もらっていただけますか…?」
少し涙を潤ませながらそう言われるもんだから、零は断れない。
いくらいつも美少女を見慣れているからといって、女子のそのような可愛い仕草にはキュンとしてしまうし、後輩属性なんて今まで味わったこともなかったので新鮮な感じだ。
「うん、もらうよ。ありがとう」
「きゃっ!」
とたとたと顔を赤らめて走り去る後輩。
「うん、後輩っていいな」
「何の話ですか」
「うん、なんでもない。とりあえず、殺気を引っ込めてくれ」
いつの間にかいた雨宮だが、零にはステルス属性は通用しないので普通に返される。
色々な要因が相まって、雨宮はとても不機嫌そうだ。
「モテモテですね、零くんは」
「本当に何故か分からないがモテる。こんなオタクのどこが良いんだろうな」
「…」
雨宮は何とも言えない顔で零の自虐を聞いている。零としても本心で言っているのだから雨宮も責められない。
「お返しはどうするんですか?」
「うーん、難しいよな。去年はこんなに貰わなかったからな。分からん」
顔は変わらずチョコだけ増えるというのはどういうことだ、と零はぼやく。
「まあとりあえず、名前が書いてある人とかは返すって感じかな。後の子は気持ちだけで、って」
「名前書いてない子の方が下心がなさそうで好感が持てるんですけどね。しょうがないでしょうね」
何故か体験したようなことがある雨宮だが、詳しくは聞かないことにしよう。
今日の学校は零にとってとても生きづらかった。
チョコをもらえば高宮あたりから睨まれ、それでもチョコを渡す人は絶えずどこに行ってもどんな時でも渡される。
零もなんだかんだイケメンな神対応を繰り返しているのがどうやら気に入らないようだが…。
「でもいいですよ。そんな他所行きの態度をしてるってことは脈なしですからね」
「高宮さん、そう言っていながら目が怖い気がするのですが…?」
「零さん、これ以上私に敬語を使ったら監禁しますからね」
「さらっと法律に触れるな! あと自分が敬語を使ってるのはいいんだな!」
高宮は雨宮たちなど仲の良い同性に対しても敬語を使っているので、好感度で語調を変えないタイプだろう。
「それにしても零くんはモテるよねー」
「そういう大宮も女子からたくさんもらってたじゃないか。男顔負けだったぞ」
「まあ友チョコって要は義理チョコだからねー。本命をたくさんもらってる零くんには敵わんですわ」
まあ、と横でハンバーグランチを食べていた音宮が呆れたように言う。
「あすっちが大変なのは、バレンタインデーよりもホワイトデーだからね〜」
「…どういうことだ?」
「簡単だよ〜。あすっちからチョコを貰った体でチョコを渡す人がたくさんいるんだよ」
「…まじ?」
「あははー…」
モテる女子っていうのは、零が思っているよりも大変なのかもしれない。
そういえば零がSクラスに入って間も無く起きたトラブルも、元はといえば恋愛関係に関するものだった。あれに関しては、大宮は完全にとばっちりを受けただけだが。
「ーー入江零くんっていらっしゃいますか……?」
廊下の方から声が聞こえる。
「零くん、またお呼びだよ!」
大宮から大声で呼ばれる零。
「では行ってらっしゃい、零さん」
「――ッ!」
高宮に背中を抓られる零。
不可抗力だろ、と声を大にして言い返したかったが待たせると悪いので廊下側に向かった。




