87話 初詣
「やっぱ2日目だからそんなに混んでないね~」
「そうですね、2日目ですからね」
「えーと…もともとの予定でも元日の夜に帰ってくるはずだったから、そんなに非難するような目をしないでくれるか…?」
青い空の下、肌寒い風が吹くという正月にはもってこいの気候に、零たちは初詣に来ていた。
「それにしても…やっぱり歩きづらいな」
零がこう零したのは和服のせいだからではない。和服は着慣れているためむしろそんなに不自由を感じていない。
歩きづらいのは、と前を見やる。
そこにいるのは仲良く4人で並んで歩いている美少女たちの楽しそうな姿。
(めっちゃ目を引いてるなー…。さすが、って感じだけど)
すれ違った人たちはその容姿に視線を釘づけにされている。
そんな4人と、冴えない自分が一緒に歩くと言うのはどうも居心地が悪いと思って零は自然に距離をとっていた。
――まあ、自分も目を引くほどのイケメンで好意的な視線を受けているのに気が付かないほどには零は鈍感だが。
「零くーん、歩くの遅いよー!」
「零さん、早くいきましょう」
くだらないことを考えていたら大宮と高宮に呼び戻されたので、零は渋々だが彼女たちの横に並んだ。
神社の境内は混んでいなかったので、零たちはスムーズにお参りすることが出来た。
5人で一緒に祈願するときのルーティンをおこなった後、それぞれ目を瞑って手を合わせて各々の願い事を念ずる。
零は大して願うこともなかったので、早々に目を開けて横を見たが彼女たちはまだ手を合わせていた。
ちょうど隣にいた雨宮の凛々しい顔を見ながら、零は少しドギマギしてしまう。
追い打ちをかけるように、零の叔母である梓が言っていたことを思い出す。
『誰か一人を娶りなさい』
別に叔母の言うことに従うつもりはあまりないが、雨宮のような美少女が妻になるということを想像してしまうのは男子高校生の性だろう。
やがて眼を開けた雨宮には驚かれて距離を取られ、その様子を見ていた大宮に半眼で睨まれることになったが。
「長いこと念じてたけど、何を願い事にしたんだ?」
先ほどのことについて多少なりとも負い目がある零が、話を変えるために自分から話題を出した。
「私はねー、今年も陸上でいい結果が残せるように、かなー」
「意外とシンプルなんだな」
「まー、変なことを願っても叶いそうにないからねー」
たははー、と笑っている大宮。どうやら先ほどの零が雨宮を見つめていた事件は解決したらしい。
「私はのんびり暮らせますように、かな~。今年は今まで以上に京ちゃんが厳しかったから~」
「安心してください、沙彩。今年は受験生ですから、昨年の比にならないほどびしばし行きますから」
「早くも今年の願いが叶わないことが確定するとは、最悪の新年だな」
音宮もあはは~、と笑っているがどう見ても作り笑顔だし顔が引きつっているので触れないことにした。
「高宮は?」
「そうですね。世界平和ですかね」
「明らかな嘘を吐いてると叶わなくなるからな、覚悟しとけよ」
「…嘘です。…本当は零さんと結ばれることを…」
「…っ」
本当は言いたくなかったのに不躾な零によって言わされる羽目になったことを、高宮が涙を潤ませて非難したため零も申し訳なくなり謝った。
そして不覚にも、その涙を含んだ目を上目遣いに使った高宮に見惚れてしまった。
「…ん? 高宮、その右手にあるのは何だ?」
「…。えーと…」
「目薬使って泣き落としとはいい度胸じゃねーかおい」
高宮の涙は紛うことなき偽物で。
たしかに、今まで好意を隠しもせずあけすけにしていた高宮が今更そんなことに泣くはずもなかった。
「はあ。で、雨宮は?」
「私ですか? 私は、この日常が続けばいいなと、思いまして」
雨宮は恥ずかしそうに言うが、実は零も願ったことは同じだったりして。
零も大真面目に同じことを願っていたのだが、雨宮が恥ずかしそうにしていると零も恥ずかしくなってきて。
大宮に「零くんは何を願ったのー?」と聞かれると、はぐらかすしかなかった。




