85話 強制連行
年が変わって2日目、零は美月とソファで横並びになってテレビを見ていた。
「兄さん、本当に初詣に行かなくてよかったのですか?」
零は昨日の時点で、日本人の多くがするであろう「初詣」に行っていなかった。
「まあなー、人混みに行くのが好きじゃないしな」
「兄さんらしいですけどね」
別に零は人混みの熱気にやられて体調を崩すタイプではないが、動き辛くていつもより疲れるので行きたくない。
「神様も一々参拝に来る人間ひとりひとりの願い事を叶えてたら大変だろ。神様のことを気遣ってる俺の方が信仰心があるってもんだ」
「神様は疲れたりしないと思いますけど」
コロコロと音色をたてて笑う美月はやっぱり美少女だなと零は改めて思う。いや、別に妹を恋愛対象にしているわけではないが。
「まあでも年明けはゆっくりするに限りますよね」
「そういうこと」
よくわかってるな、と美月の頭を撫でてやると嬉しそうに顔を緩ませる。それから零の方にすり寄ってもっともっとと言わんばかりに頭を差し出すので、零も苦笑しつつ撫でてやる。
ーーピンポーンーー
「ん? 宅配便か?」
「ちょっと見てきますね」
「いいよ。何もしないのも悪いから俺が行くわ」
そういって美月の制止をさらっと振り切って玄関のほうに向かう。
「はーい。ごくろうさ、ま…で?」
「そうですね、どうも、ご苦労様です」
開けた先にいたのは、狂気の目をしながら微笑むという高等技術を使った雨宮と、その後ろで殺気を溢れさせている大宮、高宮、それに音宮だった。
「え、えーと…」
「とりあえず中に入れてもらえば結構ですよ」
「は、はい」
家主は零、というか美月だが現時点では雨宮の方が立場が上である。
終始にこにこしている雨宮から逃げるように美月の元へと零は走った。
「状況を説明していただきましょう」
L字形のソファに4人を座らせて、その前で土下座をしている零。ダイニングの方で美月が椅子に座って心配そうにしているが、零も命の危険を感じている。
そのせいか、低い位置にいる零からは大宮のスカートの中が見えそうになるが見る気は全く起きない。
「え、えーと?」
「何ですか」
聞いてくるくせに有無を言わせない雨宮の表情や態度は、零にとっては未知のもので恐怖に思わず言葉尻が弱気になってしまう。
「見ての通り美月の家にちょっと長居することになった」
「それは見ればわかりますね」
見ればわかることをわざわざ言うなと言外に責められる零。
「それで、一応連絡を入れようかなと思っていて」
「ほう、一応、ですね」
「いちお~」
音宮もその言葉に引っかかりを覚えたのか復唱しているが、零にはもう恐ろしくて言葉のあやだと反論することもできなかった。
「それで?」
「そ、それで、えーと、ちょっと忙しかったから後回しにしようと思って」
「後回し」
高宮が彼女の声とは思えないほど冷たい声を出したので、零も思わず「ひっ」と声を上げてしまう。
「で?」
もはやいつもの敬語ですらなく、一文字で聞いてくる雨宮にびくびくしながらも零は恐る恐る最後まで話す。
「…そのまま忘却の彼方へ…」
「へー」
大宮の表情だけは、他の3人と違って棘が無いように思えていたが、攻撃性をもったその声から大宮も怒っていることが分かった。
「…?」
4人が怖すぎたため零は顔を下げていたが、それから暫く沈黙が訪れたので不思議がって顔を上げてみたらそこには鬼、もとい雨宮が腕を組んで目を伏せていた。
やがてふむふむと首を縦に振って目を開けたので、何か天啓が降りてきて納得してくれたのかもしれないと期待して雨宮の言葉を待ったが。
「つまり零くんは私たちのことを『一応』気にしたけど、忙しかったから『後回し』にして、そのまま『忘れて』しまったと」
(あ、だめなやつだ)
雨宮の怒りは収まるどころか膨れ上がっていると気付いた時には、零は雨宮に首根っこを掴まれていた。
「戻りますよ。今すぐに」
「え、でも待ってまだじゅんびもなにも…」
「そんなのは後でいいです。美月さんに任せます」
「そんな強引な…」
と言いながらも抗うことなく零はそのまま床に引きずられた。
「ちょ、ちょっと待ってください。わ、私はまだ何も言っていないのですが…」
ここで勇気を出して鬼に挑む美月。
口は震えているが、兄が強制送還されるとなっては黙ってもいられない。
すると、雨宮は先ほどまでの顔が嘘のように穏やかな表情を浮かべて美月に答えた。
「大丈夫ですよ、美月さん。あなたのことについても色々と考えていますから。安心してください」
「色々…?」
「まあ、それはいいのです、とりあえず零くんの荷物を後で寮まで送ってください」
「はい…」
美月とて色々と聞きたいことはあったが雨宮は一刻も早く零を連れ戻りたいようで、すたすたと家を出て行ってしまった。
その様子を確認した後、大宮も「ちょっと待っててね!」と声をかけてくれたり、高宮も微笑んでくれて音宮も「大丈夫だよ~」と言ってくれたので、美月はひとまず雨宮の言葉に従うことにした。
「美月ーっ、助けてくれーっ‼」
兄のことは心配ではあったが。




