8話 圧倒的モブキャラ、花田勝
制服に着替えた零は、そのまま一階にある食堂のほうへ降りて行った。
どうやら朝食は学年ごとに固まって食べるようだ。立派な食堂に丸いテーブルが並んでいる。もちろんこのテーブルも高級品である。
そこで俺は雨宮と大宮が座っているテーブルを見つけたのでそっちへ向かった。
「入江くーん!おはよー!」
「おはよう、大宮」
なぜこの子は朝からこんなにハイテンションでいられるのだろう。だが、そのかわいさ故、いらだつような感じにはならない。むしろ癒される気さえしてしまうほどだ。
「おはようございます、入江君」
「ああ、雨宮もおはよう」
こちらは大宮とは対照的におしとやかだ。別に朝だからテンションが上がらないというわけではなく、真面目だからこんな調子なのだろう。
「残りの二人は?」
「れいにゃんはいつも別メニューを自分の部屋で食べてるよ!あの子は小食だし、ちょっと体が弱いから、無理しないで食べられるメニューになってるんだよ」
れいにゃんとはもしかして高宮玲奈のことだろうか。れいにゃんとはまたすごいあだ名をつけられてるな。
「音宮のほうは?」
「沙彩さんは多分…まだ寝てるわね…」
「そうか…」
なかなか時間にルーズな方もいらっしゃるようだ。
「まああの二人がいないのはいつものことだから当分の間はこの3人で朝ごはんを一緒に食べることになると思うから、よろしくね!」
「うん、こちらこそよろしく」
雨宮もペコリと頭を下げる。
寮は学校から徒歩5分のところにあるのだが、いつもの癖で30分前に寮を出た。学校の敷地に入ると、昨日以上の視線を感じる。
「ねえねえ、あれが入江だよね」
「そうそう、あのカンニングしたっていう」
「いくらSクラスに入りたいとはいえ、カンニングは…」
どうやら生徒の間では、俺はカンニングをして一位になったということになっているらしい。まあ、まっとうな判断だな。誰だって今まで冴えなかったやつが急に一位をとったら不審に思う。
零はひそひそ話と視線を無視して校舎内に入った。
教室の前の座席表を確認して教室に入ると、俺の席に眼鏡の男が座っていた。
その男がこちらに気が付いて席を立ちあがる。
「ようやく来たか、入江」
「あの、すまないけどそこは俺の席なんだが」
「カンニングしたやつに僕の席を譲ることはない」
「何を言ってるのかわからないし、そもそもお前誰だ」
「僕は花田。花田勝だ。一年の間ずっとこの学校で五位だった。君がこんなことをするまでSクラスにいた」
なるほど、それでこんなことをしてくるわけか。本人がSクラスにいたことにプライドを持っていることがうかがえる。しかし、そんなことはどうでもいい。いい迷惑だ。
「花田、とにかくそこは俺の席なんだ。どいてくれ」
「だから言ってるだろ、カンニングするようなやつはSクラスに居る資格はない」
面倒なやつだな、と零は思った。さあ、どう対処したものか。多分、カンニングをしてないと言い張っても全く聞き入れないだろうし、先生を呼んでも一時的に解決するのかもしれないが、根本的な解決にはならない。
さらに厄介なことにギャラリーが増えてきてしまった。全員、俺に疑いの目を向けている。
どうしたものかとあれこれ思案しているときだった。
「その人はカンニングなんかしていませんよ」
声の主は雨宮だった。
「入江君はカンニングなんかしていません。あの順位は彼の実力ですよ」
花田は突然の雨宮の援護に驚きを隠せない。
「いやでも雨宮さん…彼は一年の間ずっとBクラスにいたのですよ!カンニングに決まっています!」
「彼はカンニングをするような人ではないし、する必要もない人よ」
雨宮の冷たくねじ伏せるような声に、花田はひるむ。
「で、でも…」
もぞもぞしながら小声で何かを言おうとしたその時、零にさらなる援軍が到着する。
「やっほー!入江くーん!何か人だかりができてるけどどうしたの?その子はだれ?」
「え…」
花田があからさまに悲しそうな顔をする。
「彼は去年まで一緒にいた花田くんじゃない。飛鳥、忘れたの?」
「ああー、あの子かあー!そういえばいたかも!ごめん!」
いたかも扱いである。これは相当なショックである。怒りの矛先は俺の方に向かってくる。
まだあきらめていない様子で俺の方を睨んでくる。
「そんなことはどうでもいい!お前のような奴がこのクラスに居ることは認めん!」
「――あら、認められないのはあなたですよ、花田くん」
その声とともに白い髪の子ーー高宮玲奈ーーが教室に入ってくる。
いかにもお嬢様といった雰囲気の彼女の一挙手一投足はどれもとても上品で、中世の西洋の貴族を思わせる。
少し雨宮や大宮に比べると小柄だが、出るところはきちんと出ていて、体が弱い印象はあまりなかった。
短い髪はーーありきたりな表現になってしまうがーー透き通っているようで、冬に下りてくる雪のようだった。
「あなたはAクラスに落ちたはずですが?花田くん」
「い、いえ…そ、それはそうなのですが…」
「あなたはここにいるべき人ではありません」
「し、しかし、それなら入江もじゃ」
「彼はあなたとは格が違います。」
「そ、そんな…」
「あなたのような実力もない者にはここにいる資格はありません。出て行ってください。」
花田はもう萎えきっている。花田だけではない。この騒ぎを見ていた生徒全員が驚き、そして信じられないといった顔でこちらを見ている。花田は力なくよろよろと教室を出ていく。
教室の出口で青色の髪の子とぶつかる。
とても小さくて、長い髪の毛には寝癖がちらほら見える。
眠そうに目をこすりながら花田をじっと見る。
「あれ〜なんでここにいるんですか山田くん」
「花田です……」
なぜだ、なぜこのタイミングで追い打ちをかける。なぜだ、音宮。
――なにはともあれ、とりあえず自分の席を確保した零だった。




