78話 行きたいところ
霞北学園には食堂があり、専用棟を要するSクラスにとってそこは数少ない他クラスとの交流がある場所となっている。
などと無駄な前置きをしたが今なされているのは結局Sクラスの会話だ。
「なんか行きたいとことかないのー?」
食堂1番人気のあっさり系醤油ラーメンをすすりながら、大宮が誰にでもなく尋ねる。
「わたしは家かな~」
返答をしたのはチキン、もとい鶏ガラスープのラーメンをすすって幸せそうにしている音宮だ。
「やっぱり家が1番いいんだよね~。落ち着く~」
「今はそういう話じゃないんだけど!」
笑いながらたしなめる大宮。
音宮の態度はいつものことだからそんなに気にしていない。
「私はハワイですかね」
実家お手製の高級弁当をつまみつつ返事をするのは高宮だ。
彼女は元からそこまで体が強くないこともあり、こうしていつも実家から届く最高級の質と体を気遣ったものを食べている。
「お! 意外にもれいにゃんがそれっぽいこと言った!」
「れいにゃんって呼ばないでください飛鳥さん」
これもいつもの流れ。
高宮はれいにゃんと呼ばれることをひどく嫌っており口調は単調に見えるが、すごく渋い顔をなんとか平静に保っている。
「それにしても意外だな。高宮のことだからハワイくらいよく行くもんかと思ったが」
「そうですね、恐縮ですがよく行きますよ」
零が疑問に思ったことを口にしてみると、想像とは逆の答えが返ってきた。
「なんだ? そんなにハワイが好きなのか」
「いえ、そんなことは。日焼けしてしまいますし、あまり身体によろしくないので泳いだりもできませんし」
ますます意味が分からなくなる一同だったが、高宮はニコニコとしているため考えていることも読めない。
「じゃあ、なぜ?」
「決まってるじゃないですか」
うふっ、と頬に手を当てて幸せそうな顔をしたと思ったあと。
「海と言ったらサンオイル塗るイベントに人工呼吸イベント。行くまでには飛行機、いやフェリーを用意しますので船の甲板でのキス。こんなにたくさんの"零さんとの"ドキドキイベントが体験できるのはこの時期だとハワイしかないんですよ?行くしかないでしょう」
光速をも突き抜けようかというほどの早口でつらつらと一息で語った。
「すごい量を話すな……って今お前聞き捨てならないこと言ったなぁ! なんで俺とやること前提なんだよ!」
「やだっ♪ 『俺とやる』なんて積極的な…♪」
「誰かこの暴走機関車止めろ!」
どさくさに紛れて零の腕に抱きつく高宮を必死に大宮が剥がす。
「はぁ…はぁ…とんだ地雷を踏んだわ…」
「レディを地雷女と呼ぶのは少し失礼ですよ」
「もうツッコまなくていいよな…」
零は普段はボケるタイプなのだが、高宮の圧倒的ボケ力(彼女自身はボケているつもりはない)の前には零もツッコミ役になってしまう。
体力をゴリっと削られた零は、息も絶え絶えに雨宮に聞く。
「雨宮に…お前はどうなんだ。行きたいとことかあるのか…?」
「私ですか…?」
女子に1番人気のあっさりハンバーグランチを食べていた手を止めて、雨宮が下を向いて真剣に考える。
「そうですね…特にこれといって行きたいところは思いつきませんでした」
真面目に考えたようだが、ピンと来るものがないのだろう。少し申し訳なさそうに返してきた。
「じゃあ逆に…零くんは行きたい場所があるのですか…?」
「江ノ島」
「はやっ」
あまりの即答には、確固たる意志が現れている。絶対に行きたい、という意志が。
「なんでそんなに行きたいの~?」
音宮が珍しく興味を持って聞いてみると、そこにはこれまた珍しい零の笑み。
自信に満ち溢れた顔で一言。
「聖地だからだ」
「なるほど」「オタクだー!」「零さんらしいですね」「さすが~」
雨宮のひややかな目はとても辛かったが、それでも笑いに変わるこの雰囲気が零はとても好きだった。




