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76話 勝戦処理

 騒動が幕を閉じ、零も無事に学校に復帰した週の土曜日。


 零は美月を連れて神宮家、つまり実家を訪れていた。


 これは前に雨宮が神宮家に協力を頼んだ時に、「零を連れてこい」という交換条件を出されていたからであった。雨宮から直接催促をされたわけではないが、行かなかった場合に雨宮達に危害が及ぶのは避けたかったため、零は律儀に約束を守った。


 美月の方は、零としては連れていく予定は全くなかったのだが、美月がどうしても付いていくと言ってきかなかったので渋々ではあるが同伴を許可した。


「一体、何の話をされるんでしょうね? 戻ってこいと言われるのでしょうか?」

「それは考えにくいな。高校卒業までは自由を許されたはずだし、それを叔母上が破るとは思えない」

「まあそうですよね」


 正直のところ、二人は呼び出される理由について皆目見当もついていない。だから何か咎められるのか、それとも要求されるのか、それすら分からないのだ。


「待たせたね」


 雨宮達が訪れたときに使った和室で零たちが話をしていたところ、零たちの叔母に当たる神宮梓が入ってきた。


「お久しぶりです」

「久し振りに見たけど元気にしているようね」

「おかげさまで」


 何がおかげさまだ、と零は心の中で唾を吐き捨てたが梓の方は社交辞令と分かっていながらも満足した様子で微笑んでいた。


「叔母様、美月です。お久しぶりでございます」

「あら、美月まで来たんだ。ああごめんなさい、意外だったもので驚いちゃった」

「いえいえ、叔母様もお変わりないようで」


 梓は心底どうでもいいような顔で応対した。


 それに対して、美月は”相変わらずの扱いですね”という皮肉を込めて言ったがその言葉の意味すらどうでもいいようで意に介していない。


 その態度にはさすがに零も腹が立ったが、美月が我慢している以上じぶんから手を出すわけにはいかないので零もぐっとこらえた。


「それで叔母上、今日は何の用でしょうか」

「別に急かさなくてもいいじゃない。貴方が中学卒業して以来なんだもの、ゆっくりお話ししましょう」


 梓の話し方が雨宮達の時と違って少し女らしいのは、梓が零や美月のことを自分の子どものように思っているからかもしれない。美月に対する対応の仕方はとても自分の子どもに対するものとは思えないが。


 だが、そんなことはどうでもよく零は早く用件だけ済ませて家に戻りたかった。


「そもそも中学を卒業する前からそんなに会話をしていなかったでしょう。今更だと思いますが」


 さっきの美月に対するぞんざいな態度に腹を立てている零は言葉の端々が尖っている。


 それを面白くないと思ったのか、梓は不満気に話を進める。


「うーん、まあ仕方ないか。では本題に入るとしましょうか」


 梓は脇息に左ひじを乗せて顔を少し傾けると、ニヤッとして言い放った。


「零。あの4人の中から一人を(めと)ってきてちょうだい」

「…はい?」


 さすがに予想だにしていなかったことに零は困惑しているが、梓はその反応を見て思い通りになったと喜んでいる。


「あの4人と言うのはもしかして雨宮達のことでしょうか」

「もちろんそうだけど」


 梓は顔色一つ変えずに答える。


「……何故そんなことを?」

「そりゃ貴方の為でもあるし、今後のこの家の為でもあるのよ」


 梓の本命は言うまでもなく後者であろう。


 彼女は別に零の幸せを考えてなんかいない。大体は私利私欲のことだけを考えて生きている。それが中学卒業前に零が下した梓への評価だ。


 たしかに、あの4人はいいところの生まれだ。政治家の雨宮家に財閥の高宮家、大宮家も音宮家もそれぞれの分野で富と地位を築いている。


 そんな家と結婚することができたら神宮家としては権力をある程度は取り戻すことができ、梓としても各方面への発言力が強まるというわけだ。


 だが、


「バカバカしいですね。今どき政略結婚なんて何の意味もないですよ。それに結婚ともなれば相手方のことはよく調べるはずだ。神宮家の人間と分かっていて娘を嫁にやる家もないでしょう」


 あまりにも現実的ではない、と零は断じた。


 自分の子供を権力争いの道具にするのはもうずいぶん昔に廃れたはずだ。意味があるどころか、あからさまな政略結婚ともなれば逆効果にすらなりうる。


「だけど、雨宮の娘は自分の父親を裏切ってまでお前に味方をしたわよ? 他の子たちだって家の反対を押し切って嫁に来ようとするくらいありえるんじゃない?」


 梓が薄いピンクの唇をすらすらと動かして言葉を発していく。


 しかし前半の話は事実だが後半の結論を出すには論理が少し飛躍している。学校に復帰させるのと結婚するのでは話のスケールも重要性も段違いだ。


 しかし、梓は零が反論をする前に続きを言う。


「それに、この時代も政略結婚とは後を絶えないの。ここまで相手を限定することは少ないけど、相手に多少の地位を求めることくらいは平然とやってる。大差ないと思わない?」


 零としては、それを大差ないというにはとても抵抗があったが、梓は舌に脂がのって来たのか、さらに続ける。


「それに私としても貴方の意思は尊重しているじゃない。私としてはあの子たちに交換条件に『零と結婚しろ』とも言えたのよ? だけどちゃんと貴方に選ばせているしこれのどこが不満なのよ」

「…」


 零は黙る。さっきから隣で美月が何かを言いたそうだったが零はそれも制した。


 代わりに零が尋ねる。


「叔母上らしくないですね。俺の気持ちを慮ったみたいな言い方をしていますが、本音は何なんでしょう」

「…別に大した違いじゃないのよ。単純にこっちの方が上手くいくと思っただけ」

「…」


 と、ここでようやく美月が横から口を挟む。


「あまりにもくだらないです。兄さんの未来の自由を奪ってそうまでして自分の地位が欲しいんですか⁉」

「始めに言ったでしょ。これは零の為だって」

「そんな嘘、通じると思うんですか! 話になりません! 兄さん、帰りましょう!」


 美月は自分のバッグを持って立つや否や、零の手を取って帰ろうとする。


 零もかなり呆れていたので、美月の手を借りて立ち梓に背を向けて帰ろうとする。


 しかし、部屋を出る前に後ろから声がした。


「じゃあわかったわよ。これならどう?」


 声を張っているわけではないが梓の声はよく聞こえた。


 その声に美月は「聞く必要ないですよ」と先に行こうとする。


 しかし、零は少し立ち止まってしまったため、次の言葉が聞こえてしまった。


「貴方があの4人の誰かを娶ってきたら、美月は高校を卒業した後もこの家に戻ってこなくて良いようにしてあげる」


 ぎりぎりまで小さくされた声。それを美月は聞き取れなかったようだが、零の方は一言一句聞き洩らさなかった。


「……」


 零は少しの間立ち止まってしまった。


 背後で憎たらしい笑みが浮かべられた気がしたことに苛立ちを覚えながら零は部屋を後にした。

今回で前編は終わりとなります。零が彼女たちと出会ってから打ち解けるまでの話です。

これからはもっと恋愛要素が強くなっていくと思います。同時に日常系の物語となり、零くんのオタク事情やくだらない話なんかも増えてきてまったりした話が多くなります。

ラブコメ開幕、ということでどうか引き続き拙作をよろしくお願いします。

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