75話 零のいる日常
零がSクラスに戻ると決めてからはとても早かった。
まずは雨宮が持ってきた情報をもとに、霞北学園の理事長を解任させる。これは、理事長と雨宮礼二の間につながりがあるとまた零が退学に追い込まれることを想定しての行動だ。
そして次の理事長には雨宮礼二とつながりのない人物という人間を三日月先生が選んで理事長に推薦してくれたらしい。一体あの人は何者なのだろうか。
次に行ったのは、雨宮礼二が個人的につながりのあった会社、団体すべてに彼とは縁を切るように言った。会社をピックアップしてくれたのは美月で、彼のスキャンダル全てを見せたらあっさり同意した。
残るは派閥の解体だったが、これはとても簡単な話で元から雨宮派閥は一枚岩ではなくそれぞれが野望を抱えていたため、各人今は新たな派閥を作るのに忙しいようだ。
そうやって孤立無援に追い込んでしまえばもうゲームセット。一個人をどうこうするほどの権力はなくなってしまい、もはや次の議員選挙で当選するかどうかも怪しいようでそちらの政治活動に今は全力を注いでいるらしい。
零としても、裏切りまがいの行為をした娘の雨宮、つまり雨宮京華に被害が加わらないように慎重に行っていたが、娘に割く余力は残っていないようで杞憂に終わった。
こうして零は霞北学園に復学することになり、もともとの成績からSクラスへの編入を認められたのだった。
「ふう、とりあえず終わったな」
そして今しがた終わったのは引っ越し作業。とりあえず荷物を全て寮の中の自分の部屋に移し終えた。
部屋の中にある大量の段ボールを見て、零はため息を一つ吐いた。
「お疲れー!」「お疲れ様です」「疲れた~」
そして疲れているときに限って疲れる奴らが入ってくる。
「ああ、疲れた。そして音宮、お前は何もしていないのに俺をいたわる前に自分をいたわっているのは何故だ」
「まあまあ細かいことは気にしない~」
3人は段ボールの間の隙間を見つけて座る。
「それにしても、この1週間は忙しかったなー」
「悪かったな、付き合わせて」
零が戻ると決めてから、この1週間にたくさんの企業を訪れたり交渉をしていたが、どのタイミングにも必ず彼女たちのうち誰か一人は付いてきていた。
零一人ではアポイントメントが取り辛かったので、家の影響力が高い彼女たちの誰かを引き連れていくしかなかったのだ。
「でも零さん、とてもかっこよかったですよ。あの修羅を見たことがあるような顔と言ったら…とてもそそられました♪」
「お前を連れて行ったのは間違いだっただろうか…」
高宮の貢献は無視できないが、この異常な性癖もさすがに無視できない。
「…そういえば雨宮は?」
ふと、零が疑問に思ったことを口にする。
だがしかし、それを聞いた3人の反応は思っていたものではなくて。
――急にニヤニヤし始めた。
「京華ちゃんかー」
「京華さんは…」
「京ちゃんはね~」
といって3人は同時に零の部屋の玄関の方に視線を向ける。
その視線に誘導され零も自分の部屋の入口に目を向けると。
「……っ!」
ゆでだこのように顔を赤くしながら顔の上半分だけはみ出している雨宮がいた。
「何だあれ?」
「それを聞きますか…。零さん…意外とSなんですね?」
「そこで何故俺がS認定されるんだ」
零は、はて? という顔で聞き返す。
すると大宮たち3人は呆れた顔を浮かべ、何もわかっていない零に向かって答える。
「京華ちゃんはねー。ずばり零くんと顔を合わせるのが恥ずかしいんだよ!」
(…恥ずかしい?)
何を言っているのかわからず雨宮の方を見てみると、悔しそうに「うーっ!」と言いながら大宮のことを睨んでいた
「うーん、これでもわからないか~。じゃあれーちゃん、アレ頼む~」
「そうですね」
と、高宮がおもむろにいつも持っている小物入れをいじりだした。
注目して見ていると、中から取り出したのはガラケーの形をした何か。
「ではいきますよ」
そして、スイッチらしき何かを押す。
すると。
「『…今回はもう引き下がりません。いいと言ってくれるまで絶対に帰りません』」
もはや言わなくても分かるかもしれないが、機械から流れたのは零を説得しに来た時の雨宮の声だった。
「きゃーーーっ!!!!」
そして次の瞬間、何かとてつもなく速い、質量をもったものがつっこんできた。
「な、な、なんで録音してるんですか!!!」
「それは、あんな面白いシーンを録らないわけにもいきませんし」
「面白いとか言わないでくださいっ!!」
必死になって、ボイスレコーダーを奪って録音を止める。
「まさかお前…」
「…そ、それ以上は言わないでください…」
「あんな熱烈な告白をした後はさすがに顔をあわせづらいよねー!」
「なんで言うんですか飛鳥っ!!」
もう顔が真っ赤で収拾がつかなくなっている。
ばかばか、と運んだばかりの枕を持ってポカポカと叩いている。
ここで、ようやく納得がいったようで、零もからかい始める。
「あー、そうか。なんだ雨宮、お前にもかわいいところがあるじゃないか。もう一回聞いてやるから言ってみ?」
「もー零くんまで!!」
まあ、零はそれが雨宮の恋心が吐露したものだとは思っていないようで、ただその時の雰囲気に流されたと思っているあたり、まだまだ零だなという感じである。
雨宮の方はと言えば、真っ赤な顔は膨れ上がって、フグみたいになっている。
――だがここで再び爆弾発言。
「あ、零さんの演技シーンもありますよ?」
「…なん…だと…?」
それまでからかっていた零の顔から血の気が引いていく。
「待て! 高宮! 話し合おう。100万。それでどうだ」
「残念ながらお金には困っておりませんので♪」
「ちくしょうこの金持ちが!!」
「零さんがキスしてくれたら考えますよ♪」
「調子に乗りやがってこの小娘がー!」
もはや乱闘騒ぎである。雨宮は大宮を叩いており、零は高宮を追いかけている。
「…あれ、もしかしてわたしハブられちゃったかな~? じゃあ寝よっと」
こうして、めでたく零に平和な日常が戻ってきた。




