74話 零の説得(リベンジ)
あれから1週間が経った。
あれからたくさんの準備をした。
覚悟を決め、その覚悟を見せるための物も用意した。
後は当人である零の説得のみ。
だが、それだけの準備をしても、雨宮には不安しかなかった。
零は戻りたくないのではないか。自分の父を敵に回してまで、そんな労力をかけてまで戻りたくないのではないのではないか。
「それでも…戻ってきてくれるだけでも…ありがたいですよね」
全てを欲張ってはいけないと自分に戒める雨宮。
古来から、多くを望むものは何も手に入れられない。
だから望むのは本当に欲しいものだけにするべきだ。零の帰り。それだけに絞るべきだ。
「戻ってきてくれるでしょうか…」
ぼんやりと、誰に対してでもなく呟く。
「大丈夫ですよ、きっと」
だが、高宮が笑って返答した。
「零さんなら、きっと戻ってきてくれます。きっと立ち向かってくれますよ、京華さんのお父さんと」
不安そうな雨宮を気遣ってくれたのか、はたまた本心からなのかはわからないがその言葉は助けになった。
「まー実力行使に出るのも悪くないと思うけどねー」
「も~すぐあすっちはそういうこと言うんだから~」
冗談ともとれる話を大宮がして、音宮がそれに対してツッコミを入れる。
雨宮の強張っている表情筋を笑いで緩ませようとしているその行動に、雨宮は温かさを感じた。
「バカなことを言っていないで、早くいきますよ」
秋の下旬、肌寒い空の下4人は横並びで歩いていた。
「それで、前回来た時にできた『もう絶対来ない』みたいなフラグをへし折ってまで来た理由を聞こうか」
「話の腰を折るような言い方するのやめてください」
零の玄関を訪れたときは緊張感全開だった雨宮だったが、見事にいつも通りの零によって和やかなムードになっていた。
「最近は美月に隠れてラノベを読む術を会得したからな、テンションがいつもより高い」
「兄さん、隠れられてませんからね。見過ごしておいてあげているだけで、全く隠れられていませんからね」
「なぜ2回も言うんだ妹。というかなぜバレるんだ」
「あれだけトイレから出てくるのが遅かったら、ラノベ読んでるか妹に見せられないようなことをしてるかに決まっているじゃないですか」
「ラノベ読んでるだけだから悪かったから変な想像しないでくださいお願いします」
妹に変なことまで想像されるのは、兄としてとても辛いことだろう。
「それで、一体何の用だったんだ」
「ああ、それですか」
「ああ、じゃないよ、ああ、じゃ。お前から来たんだろ」
「そうですね、緊張感が異世界にでも飛んで行ってしまったみたいで、忘れていました」
「転生しづらいものを異世界に飛ばさないで」
つい最近、異世界もののラノベを読んだ零にはとてもタイムリーな話題だった。
「まあそんなことはどうでもいいんです。本題に入ります」
一度居住まいを正して、雨宮は緊張感を醸し出す。
それに合わせて大宮、高宮、音宮も談笑をやめて零の方を向く。
「零くん。もう一回言います。戻ってきてください。学校に、寮に」
雨宮は零の目をはっきりと見て、正々堂々と正面から向き合う。
「お願いします。戻ってきてください」
その言葉に零も美月も顔を険しくする。その話に関係することだとは思っていたが、もう少し妥協した案を持ってくると思っていた。
だが、先週言ったことと同じことを言い放った。
「嫌だと言ったら…?」
「今回はもう引き下がりません。いいと言ってくれるまで絶対に帰りません」
即答だった。そこには雨宮の決意が見える。
「…覚悟はできたのですか?」
横から質問を飛ばすのは美月。先週言った『父親に不利益が起きてもいいという覚悟』についての指摘をしている。
だが、雨宮は力強く返した。
「それについても、きちんと決めました。自分の考えが甘かったと気付きましたから。その証拠として…」
雨宮は自分の鞄からクリアファイルを取り出した。
5つのクリアファイルを。
「これは父の関わった汚職に関するものをレポートとしてまとめたものです。中に入っているものは全て裏も取ってあります」
「これは……」
さすがにこの行動には美月も驚いたのか、目を見張ってその書類に手を伸ばす。
「兄さん…これ」
「ああ、そうだな…」
まぎれもない本物に、零も認めざるを得ないようで苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「これは私の意思表示です。別に零くんが父に何をしても良いという」
雨宮は先週とは見違えるほど確固とした意志を持っていたようで、その一つ一つの所作に迷いはない。
「それに、この件で考えさせられました。こんな真っ黒な手口を使ってのし上がろうとするお父さんが許されていいのか、と」
雨宮が感情をところどころ見せながら話すのをこの場にいる全員が注目している中、雨宮は言葉漏れがないように一つ一つ喋る。
「なので零くん、お願いします。戻ってきてください。帰ってきてください!」
最後は強く言い切って、頭を下げる。
「……」
そんな雨宮の確かな『意志』を見せられた零は、ふと違うことを口にした。
「なあ、今日って文化祭だったと思うんだが」
急に出た文化祭という言葉に雨宮は顔を上げ、他の3人と美月がしていたように目を丸くした。
「…なんでお前たち、ここにいるんだ」
話がそらされたように感じた雨宮が反論する。
「だから、文化祭より…」
「いやいや、普通に考えて文化祭を優先しろよ」
あまりに的外れ、空気読めない発言に一同が凍り付く。
それを確かめた零は、だが調子の外れた声になり明後日の方向を向いて続ける。
「まあなー、そんな常識的な判断も出来ないやつらと一緒に暮らしていたというのは全く考えられないことなんだがー」
その言い方はとても演技らしく、大根役者らしくなっていき。
「苦労は多いし、プライベートゾーンに土足で上がり込んでくるし、時には命の危険を感じるほどのことさえあったけど」
急に毎日勉強を教えろと言われたり、なんかよくわからない女子から嫉妬を買ったり、薬を飲ませようとしたり、平気で公害を生み出したりされたけど。
それでも。
「まー、なん、っていうか? そこそこには、た、楽しかったかなーなんて」
たどたどしく、素っ気なく、不器用に紡がれたその言葉は、たしかに零の本心で。
「それにまあ、悪いことをしてる人も見過ごせなかったりするし?」
誰に聞いているのかもわからない疑問形に、誰にも責められていないのに言い訳がましく言うその不格好さに。
「だからまあ、うん、行くよ」
次の瞬間、4人が一斉に抱きついた。
「「「「おかえりー!!」」」」




