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71話 零の思い

「――ということになりました」

「ふむ…」


 零と美月は考え込んでいた。


「兄さん…」

「ああ、美月」


 彼らは何かを了解したように頷いた。


「あの…やっぱり何か問題だったでしょうか…」


 恐る恐る雨宮が訪ねる。梓に条件を示されたときに感じた違和感を確かめるように。


 だが零は気丈な声で、からかうようにこう言った。


「大丈夫だ。少なくともお前たちが許嫁になるよりは大分マシだ」


 そして、冗談を言ったことで零がいつもの零であることを確認した雨宮達は笑みをこぼした。


「それはひどいんじゃないかなー零くん?」

「私でしたら喜んで零さんと契りを交わしましたのに」

「零っち~あとで覚えときなよ~」


 大宮、高宮、音宮がお返しのようにおどけた様子で笑う。


「美月、大丈夫だ。後で話そう」

「はい…」


 唯一、心配した表情を浮かべていた美月に零が話しかけ、優しく頭を撫でる。


 美月はうっとりした様子で子猫のように零にすり寄っていた。


「ほら、よしよし」


 零も楽しくなってきたのか(決して懐いてくる美月があまりにもかわいかったわけではない)、ずっと撫ででいる。


「零…くん…」


 半眼で冷たい視線を送る雨宮におののいて、零はその手を止めた。美月が寂しそうな顔をしたのは見なかったことにした。


「まあ気を取り直して。で、俺に何をしろと? まさかあの次期総理大臣のおっかないおっとさんに喧嘩を売れって言うのか?」

「そうです」

「正気じゃないね」

「正気ですね」


 明らかに正気ではない。勝ち目などどう考えても見えない。


 ――零以外なら


「零くんならできるはずです。お願いします。帰ってきてください」

「断る」


 断固拒否の姿勢を崩さない零に雨宮は苛立ちを隠せない。


「何でですか!? 貴方がその気になればそれくらい簡単なのですよね?」

「バカを言え。無理に決まってるだろう」

「でも…!」


 全く取り合ってくれない零に、大宮や高宮、それに音宮も怪訝さを覚える。


「なんでそんなに頑なに拒否するのー!」

「拒否というか、無理なものは無理だ」


 やっぱり大宮に対しても同じ。


 だがここで、ずっと口を閉じていた者が議論を思わぬ方向に進める。


「いい加減にしてください」


 その発信源は…そう。美月だ。


「あなた方は一体なんなんですか。いきなり押しかけておいて、結局は兄さん頼みで一方通行に押し付けてきて」


 その言葉に、雨宮達は自分たちの図々しさを改めて認識し申し訳なさを覚える。


 だが、美月は付け足すような言い方でとても重要なことを言う。


()()()()()()()()()()()……」

「おい美月!」


 美月の言葉を聞いて、4人全員が目を見張っている。


 その言葉を零は少し強くたしなめる。


 すると、音宮が恐る恐る言葉を挟む。


「あの…その零っちが無理をしてるような言い方って…?」


 そしてその言葉に美月は強く反応する。


「だってそうでしょう! 今の会話を聞いているだけでもわかってしまいますよ! 兄さんがあなた方の要望を()()断っていることが!」


 ――零が渋々断っている…? あんなにあっさり断っていたのに?


 4人が零の方を見ると、もう諦めたように美月を咎めようとしない様子が見える。


 美月は続けて言う。


「そもそもあなた方の話が楽観的過ぎるんですよ。兄さんを学校に戻したいってなったらそこのお父様と全面戦争は免れないでしょう」


 雨宮の方に視線を誘導しながら語る。


「兄さんの勝利を願っているのですよね? ということは裏を返せばお父様が負けることを願っているし、そうなると思っているのですよね?」


 雨宮に質問する口調で訊くと、雨宮は疑問を持ったまま頷く。ただの事実確認にしか聞こえない。


 だから、美月はその疑問に答えるかのように次の言葉を口にした。


「全面戦争で負けるなんて、何の被害も出ないと思いますか?」


 しかし、雨宮はいまだに要領を得ないようで、一応思っていることを話す。


「いや…そんなことは思ってない…けど。もちろんそれくらいの覚悟はしてきてますし…」


 雨宮が発すると、美月はたいそう不機嫌そうな表情を浮かべる。


「その『覚悟』が足りてないんですよあなたは、いえあなた方は」


 わざとらしくため息を吐いて、話を続ける。


「子供の遊びじゃないんですから。どうせちょっとお金を失うとか、ちょっと権力が揺らぐぐらいだと思ってますよね」


 その言葉にギクりとした雨宮。


 美月の言う通りで、具体的な予想はしてないがその程度のものだと考えていた。


 ですが、と美月は言う。


「兄さんが戦うんですから、そんな生ぬるいものになるはずがないじゃないですか。下手すれば次期総理大臣のポストくらい無くなりますよ」


 その言葉に雨宮は、ようやく自分が糾弾されている理由に気が付いた。


「いくらクラスメイトだとはいえ、知り合いのお父様を追い込んでしまうことは兄さんだってしたくないんですよ! なのにあなた方ときたら、そんなことを考えず兄さんに助けを求めて…」

「もういいから美月」


 ここでようやく零からストップがかかる。


 美月はもう少し話したかった、というか責めたかったみたいだがこれ以上はただの悪口になってしまうと思ったのだ。


「悪いな雨宮。それに大宮たちも。うちの妹が変なことを言った。すまん」


 零はさっきの話がまるでなかったかのように謝る。


 ――違う。謝るべきは私なのに…。


「まあ今日はこんな空気になっちゃったし出直してくれ。雑談くらいならいつでもしてやるから。あ、俺がオタク活動をしている間は無理だが」


 暗にこの話は持ち込むなと言う零。


 だが、当たり前だ。零の気持ちを考えず理想や願望を一方的に押し付けてしまったのだから。


「京華さん…一旦帰りましょうか」


 高宮が促すことでようやく雨宮は現実に戻ってきた。

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