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70話 神宮家の訪問

「ここ…ですかね」

「まさか都内にあるとはね…」

「そこまで強く追放できなかったのでしょう。刺激しすぎるのはまずいですし」

「それにしても立派な家だ~」


 雨宮たちの前にあるのは、石垣に囲まれた大きな木造建築の家。


「本当に入ってもいいのでしょうか…」

「ここまで来てビビらないでよ京華ちゃん! 私だって怖いんだから!」

「さすがにここまでの威圧感を家から感じたことはなかったですね…」

「う~こえ~」


「それでも行くしかありません」


 と門の前にあるインターホンのボタンに手を伸ばしたところ。


「どちら様でしょうか」


 若い女性の声が聞こえてきた。


 辺りを見ると、防犯カメラがこちらを覗くかのように向けられている。


「すみません、零くんの学校の知り合いなのですが…」


 突然の声に雨宮が声を震わせながら答える。


「…神宮さんのお宅でよろしかったでしょうか」


 返事がなかったため、付け足すように答えた雨宮だったが今度はきちんとした返事が返ってきた。


「奥様がお話をしたいとおっしゃっております。どうぞ、中へお入りください」


 その言葉に彼女たちは一度ほっとした。門前払いを食らってしまうのではないかという懸念もあったからだ。


 だが、これで何があっても神宮家の敷地に足を踏み入れなければならない。退路は今さっき断たれた。いや、断った。


 門が内側から開かれると同時に、1人の齢をたくさん重ねたであろう白髪の老人がスーツ姿で現れた。


「どうぞ、お入りください」


 その言葉を受け、4人はそれぞれ覚悟を決めた。


(何があっても零くんを必ず見つけ出すんだから…!)


 そして勇気を振り絞り、4人全員で同時に一歩を踏み出した。


 浮足立っていた心を落ち着かせるために周りの景色を眺めながら歩く一行。


 門から続く道のりには松の木が出迎えていたり深緑の草木がうっそうと茂っているが、きちんと手入れされているようで豊かさを感じさせるものとなっている。


 池には鯉がゆらゆらと泳いでいて、鹿おどしが素っ頓狂な音を響かせている。


「思っていたよりも落ち着いたところだね」

「そうですね、正直私も想像してたものとは違いました」


 大宮と高宮が小声で話すのは、執事のような老人に聞かれないようにするためではなく、屋敷そのものがとても静かだったからだ。自然の音しか聞こえない。


「ではこちらでお待ちください」


 そして案内されたのはとても広い場所。歴史ドラマで大名とその家来が相対する場所と表現すれば分かりやすいだろうか。奥の高いところには神宮家の人間が座るのだろう。


 雨宮達は言葉を発することなく正座で待っていたが、やがて一人の女性が現れた。


 歳は40後半といったところだろうか。長くて黒い髪を片側に流していて、媚びるような化粧ではなく、素材本来の魅力を引き立たせるようなナチュラルメイクで――端的に言えばとても美しかった。


 ただ同時に、顔に刻まれた皺からは”威厳 ”が表出されているようだった。厳かな雰囲気に場の空気が一段と引き締まる。


「待たせましたね」


 深みのある声がずっしりと響く。


「い、いえ」


 返事がしどろもどろになってしまったのは雨宮が高校生だから仕方のないことだろう。


「私は神宮(あずさ)。零の母の姉に当たる者です。零についての用件と見ましたが」

「は、はい。私は零くんのクラスメイトの雨宮京華と申します」


 雨宮が『雨宮』と名乗った時、梓の片方の眉が吊り上がったのは演出だろうか、それとも素だろうか。


「お、同じくクラスメイトの大宮飛鳥です」

「同じく、高宮玲奈です」

「お、音宮沙彩です…」


 それぞれの自己紹介を聞いた後、梓はほーうと言って


「雨宮、大宮、高宮、音宮。たいそうなお家柄が集まったようだね。特に『雨宮』なんて」


 冷えた声を出す梓に雨宮は声を出しそうになったが、あらかじめ覚悟していたことなのでどうにか喉に押し込めた。


「それで一体、そんなお嬢様方がこんな家に何の用で?」


 怒りを滲ませる声音と表情だが、それが演技だということには雨宮達は気付いた。もう駆け引きは始まっているのだ。


「実は零くんについてお話があるのですが…」


 そこでまずはここ最近起きた出来事を話した。零が雨宮礼二の手によって学園から追放されたこと。姿をくらましていることなど、具体的に話した。


「…そうか」


 話を聞き終えた梓は、一息を吐いた。


「つまり、雨宮の当主が零を追い出したが、それをどうにか引き戻したくて本人に直接会おうという話か」

「簡単に言ってしまえばそういうことです」


 高宮が何の逡巡もなく、梓の言ったことを肯定する。


「うむ…たくさん聞きたいことはあるが、そうだな…手始めに、何故そこまで零にこだわる?」

「それは、私たちにとってなくてはならない存在…だからです」


 ここで返答したのは大宮。思い返すのは屋上で助けてもらったことや体育祭でのリレーのことだ。


「それはあの子の力が欠かせないのか? それとも精神的なものか?」

「どちらも…だと思います。零くんの力が無かったらこんな平和に生活できていなかっただろうし、何より頼れる存在がいるだけでとても心強いです」


 大宮の顔にも迷いはない。言いたいことを言いたいだけ告げている。


「そうか。では次に何故ここに来たのかな?」

「それはここに来るのが一番手っ取り早いと思ったからです」

「ほう?」


 きっぱり言い切ったのは高宮。


「未成年が独力で家を契約するのは不可能なはずです。ならば元から所有物としている家に行くしかありません。そしてその所有者はここのはずです」

「なるほど」


 納得した様子の梓。


「たしかに、零が行ったところなら見当はついているね。その予想は間違っていない」


 その言葉に4人全員は安堵と期待をした。もうすぐ零に会えるという安堵と期待。


「――だけどそれを教えたら、君たちは一体何をしてくれるんだい?」


 しかし、そんなに上手くいくはずがない。やっぱり来た。交換条件だ。


 雨宮達も、タダで零の居場所を教えてもらえるとは思っていない。それ相応の見返りが要求されるだろうと思っていた。


 だが、梓からは予想していた言葉が出てこなかった。


「と、言いたいところなんだけど、そんなに難しいことを頼むつもりはないよ。まさか『父上のスキャンダルを教えろ』とか『許嫁になれ』とでも言うと思った?」


 なんと恐ろしいことに当たっているというか、こちらから提案しようと思っていたことだった。さすがに許嫁については最終手段だったが。


「簡単な話さ。ことが済んだら零をこの家に連れてきてもらいたいんだ。あの子、高校生になってから一度も顔を出さなくて。成長した姿を見ておきたいのさ」


 そして代案は恐ろしいほどに簡単なことだった。それこそ音宮が困惑してしまうほどに。


「その時に一人だと気まずいだろうから君たちも付いてきてくれ。こちらからの条件はそれだけ」


 何か詐欺にでもかかっているかのような、都合のいい話。そういう場合は裏があるのだと想像するものだが、いくら考えても何も見えてこない。


「それに、()()が本領を出したら、君たちなんかいなくてもこの国くらい潰せてしまうのさ」


 だが、最後に遠くを見やるように梓が発したその発言には絶句した。彼女の言い方にも、言った内容にも。


「まあとにかくやれることはやるから、頼むよ」


 なんだか最後は一方的に言われてしまい心にしこりを残してしまったが、何とか商談は成功という形になった。


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