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63話 別れ

「一体何事ですか」

「俺にもわからん! 急にこいつらが来てお前の部屋の荷物を運び始めたから…」


 伏見は一度3年生の仲間に任せて零の元へ駆け寄ってきた。その目には戸惑いと疲れが見える。


「高宮、何か知ってるか?」

「すみませんが私にも何が何だか…」

「何が起こっている…?」


 零は可能性を模索してみるが、どうやら自分の知りうる知識だけではこの状況は説明できない。


(これだけの人数を動かすことができ、勝手に人の荷物を寮の外に運び出すことが出来る人物…さらに俺を追い出して得する人物…まさか…? いや、でもあれは潰したはずだし、俺を寮から出す意味なんて…じゃあ誰だ?)


 そこで零の思考が行き詰った時、答えは向こうの方から現れた。


 寮の庭に停まっていた車から一人のスーツ姿の人物が現れる。


 その姿にいち早く反応したのは零ではなく、雨宮だった。


「お父様…!」


 だがその姿かたちは零も知っているものだった。


「40代前半にして次期総理大臣の座は確実と言われている、雨宮礼二…」


 オールバックの髪にすらっと伸びた背筋、袖の先からちらりと見える金色の腕時計。そして何よりそのものの前ではどんな人間であろうとも屈してしまいそうな威圧感のある顔。


「やあ久しぶり、京華。元気にしてたかい?」


 一言目は、娘に対してとは思えないほど機械的、社交辞令的な挨拶。


「は、はい。大丈夫です」


 実は先日風邪をひいた、ということを言っても何ら返事に変わりはないだろうと思ったのだろうか。それともその有無を言わせない言葉尻の強さに耐えかねたのだろうか。


 雨宮の方も、親に対する振る舞いとは思えないほどに怯えていた。


「お久しぶりです、雨宮閣下」

「閣下は古いだろう薙君。それにそんなに畏まらなくていいよ」

「失礼しました」


 どうやら伏見と雨宮礼二は面識があるらしい。


「それで、今日は何用でここにいらっしゃったのですか?」


 伏見は単刀直入に聞く。ここにいる誰もが今回の騒ぎはこの雨宮礼二のものだと断じているだろう。


「まだ高宮の長女にも挨拶しておきたかったが…まあいいだろう」


 ふむ、と顎を触りながら落ち着いたと思えば、突如零の方を視線で射すくめてきた。


「入江零君。君にはこの学校を出て行ってもらうことにした」


 と思えばこの爆弾発言だ。


「俺が、この学校をですか」

「ああそうだ」

「一応、理由を聞いても?」


 だが、その目力にも、突飛な発言にも、唯一動揺していないのが張本人である零だ。


「それは分かっていることだと思うが?」

「まあ、そうですね」

「じゃあご理解いただけるかな?」

「まあこればかりはしょうがないですね。貴方の気持ちも分かりますし」

「そうか。退職金がてら3億円ほど渡すから二度と姿を現すな」


 3億円。人の生涯所得と言われている額。


 つまり雨宮礼二は零にこう言っているのだ。


「これくらいくれてやるんだから二度と表に出てくるな」と。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 ポンポンと話が進んでいくのに待ったをかけたのは雨宮だった。


「全く納得がいきません! せめて理由くらい…!」


 声を張り上げているのは必死だからなのだろう。


 だが、その気持ちは父親には届かない。


「当事者が納得しているんだ。第三者が口を突っ込むところではない」


 明らかに自分の娘に対して語勢が強い。そうすれば黙ることを知っているのだ。


「零くん…」「零さん…」「零っち…」


 大宮、高宮、音宮が声を絞り出す。


「…」


 零は彼女たちに何も言えなかった。別れを惜しむ言葉も、安心させる言葉も。


「荷物はどこへ運べばいいかな。実家の方でいいかい?」

「いえ、後でこっちから引っ越し業者を頼むので大丈夫です」

「学校の方はこちらの方で転校手続きをしておくから、高校に通いたかったら好きな高校を指定するといい。話は通しておく」


 よほど雨宮から遠ざけたいらしい。零の望みはほぼ全て叶えてでもどこかに行ってほしいようだ。


「じゃあ気を付けて」


 追い出したくせに気を付けろという皮肉を受けた零だが、特に気にする様子もなく寮の門を出て行った。


「零くん…なぜ…」


 雨宮のつぶやきは虚空に溶けてしまった。

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