61話 買い出し前半
土曜の朝。日付を確認した零は、思わず布団に戻る衝動に駆られてしまうほど気持ちが重くなった。
今日は雨宮達と挨拶回り兼買い出しに行く日なのだ。
”女子と挨拶回り”という字面だけ見たら、夫婦でアパートに引っ越してくるようなことを想像してしまうかもしれないが、全くそんなことはなくキャンプファイヤーで火を使うのでその了承を得にいくだけである。
まあそちらの方は構わない。少し冷やかされるかもしれないが、生徒会と言えばすぐに納得してくれるだろう。
だが、問題はその後の買い出しの方だ。
女子4人、しかもかなりの美少女と一緒に歩くことはかなり辛いことなのは修学旅行で零は痛いほど理解していた。
周りからの奇異の目線。あれはどういう関係だとか、あの男はなんなんだとか、あの男は4股しているのだとか。普通に考えて、4股とかしておいて愛人が全員集合するはずなんてないのだが。
とにかく、彼女たちと行動を共にするというだけでとても骨の折れることなのに、自らショッピングモールなどという人が集まるところにいくのはどう考えても自殺行為でしかない。
もう少し自分たちの影響力を理解してくれないかと切に願う零だった。
(いっそのこと仮病で休んでしまおうか)
そう思い立ったが吉日。体温計の測定結果を改ざんするために体温計を取りに行った。
だが、そのタイミングで雨宮がノックしてきて、声が枯れたふりをして返事をしたものの、「零くんってそんな声も出せるんですね」と看破されて試合終了。
「早く朝ごはんを食べに来てくださいね。今日は基本的に全員行動ですよ」
なにやら雨宮のテンションが高いように感じた零だったが、深く考えることなく着替えを済ませた。
「それでは、トラブルのあった時はよろしくお願いします」
「任せてください。すぐに駆けつけます」
これがラブロマンス風に言い換えてしまえば
「困ったときは電話するから…!」
「分かったよマイハニー。世界の裏側であっても飛んでいくから」
といった感じなのだろうが、残念ながらこの会話は雨宮と消防署の署長さんの事務連絡だ。
ちなみに生徒会と言ったのに、若い消防士に「応援してるから」と肩を叩かれた零は、一層買い出しへの足取りが重くなった。
「では、一通り周りましたので、買い出しの方に移りますか」
「そうだねー! なに買おうかな? 水着?」
「なんで文化祭に水着がいるんだよ大宮…」
大宮はすっかりノリノリだ。さっきまでは堅苦しいことが多かった分、鬱憤がたまっているのかもしれない。
「買うものとしては、飾りつけのためのものでしょうか。具体的に言えば、大きい紙を買って壁紙を作るとか」
「絵なら私に任せなさ~い! 芸術的な絵から、ポップな絵まで何でもこいや~」
「絵は沙彩さんに任せるのが良さそうですね」
「じゃあ絵の具も買わないと!」
数珠つなぎにアイデアが出て議論が進む。
「零くんは何かアイデアとかありますか…?」
「俺か? 俺はこういうのにはさっぱり向かないみたいでな。任せるよ」
零はこのようなイベントには受け身でしか関わったことがないので、今回もそのスタイルだ。
そうやって話しているうちに、目的地のデパートに着いた。
「じゃあ私お菓子でも買いにいこうかなー!」
「じゃあ役に立たない俺もついていくかな」
「ちょっと飛鳥も零くんも、何しに来たと思ってるんですか」
「私は零さんについていきますわ♪」
「玲奈さんまで!?」
「よ~し、まずはみんなでおやつ買いにいくぞ~」
「沙彩まで…! もうっ! 仕方ないですね!」
雨宮が折れて、零たちはお菓子から買いにいくことになった。
「――というか、これって割り勘でいいのか?」
「何を言っているのですか? 会計の私が、予算ということで通しますよ」
「これが職権乱用というやつか…」
「別に私財を投資してもいいんですけど…」
「これが薬物乱用してるやつの思考か…」
「零さんは中毒性がありますよね♪」
いくらボケても絶対にツッコまない高宮に白旗を上げざるを得ない零だった。




