6話 雨宮の必殺技
零は考え込んだ。彼の刹那の思考は常人には想像できないほどたくさんのことを考えられる。
ふむ、どうしたものか。とても面倒なことになってしまった。
――零の思考はひとつの終着点を目指して駆け巡る。
どうすれば断って自分のことに費やすことができるだろうか。
単純に断ることは難しい。雨宮が許す顔をしていない。俺が承諾するまで俺の部屋から出ない、みたいな顔をしている。なんか小動物が睨んでくるみたい。あと正座してスカートをキュッと握っている。あ、なんかちょっととかわいい。
だが、簡単に承諾することはできない。そんなことをしてしまえば、俺の至福のひとときが邪魔されてしまう。そんなことをしたら俺がなんのためにこの寮に来たのかがわからない。
そののち考えること0.05秒。――零の妥協点が決まった。
「毎日30分だけなら付き合ってやる。学校終わってから、30分。それでどうだ?」
零はこの30分というのを、絶対防衛ラインだと定めた。これ以上踏み込ませるわけにはいかない。自分の自由時間に、看過し切れない影響を与える。なんとしても死守しにかかる。
しかし、雨宮とて30分で満足するような者ではない。
「30分ですか…たったの30分では何もできません……」
勉強とは30分で終わらせることができるものでもない。
もちろん、一般の参考書の問題なら30分あれば1問は必ずできる。普通の人なら30分できりのいいところまでいくだろう。
だが相手は雨宮。普通の参考書で済むようなら俺を頼ってはこない。彼女は二年生でありながら、三年生に混じって模試を受け、全国でトップ10に入ってしまうほどの逸材。簡単な勉強は求めていない。一問に対して30分じっくり考えて答えを作るような問題も存在する。
でも、俺は防衛ラインを守りに行く。
「30分あればラノベが1冊読めるんだぞ」
「勉強とライトノベルは違います」
無論、そんなことは知っている。でもここは誠意をもって、本音を切っ先に据え、戦う。
「俺にとってラノベの一冊がどれほど大切かわかっていないのか。ラノベは勉強よりも大事であり、俺の血肉を作っているといっても過言ではない」
「過言です。あなたの体は食べ物と水とで作られ動いています」
彼女の心に訴えかけるのは無理なようだ。それなら別の手を使うしかない…
そんなことを思っていたのだが、雨宮の必殺技がここで繰り出される。
「一時間でお願いします。それ以上とは言いませんので……」小さな声で少し涙ぐみながら言われる。これは間違いなく天然の結晶だ。これが狙って出せる人は少ない。
心が揺さぶられた。罪悪感と見守ってあげたい気持ちを呼び起こす。
いくら精神力にも定評のある零でもこの攻撃はなかなかのものだったようだ。絶対防衛ラインが陥落する。零の本丸、なす術なし、である。
そして、ついに本丸まで雨宮に落とされる。
「仕方ない、一時間だけだぞ」
「ありがとうございます!これからよろしくお願いします!」
そう言って、笑顔で部屋を出ていった雨宮のことを零はぼんやり見ていた。
雨宮って、怖い女の子だと思っていたけど、案外そうでもないんだな。ああして笑っているとただのかわいい女の子だよな。
今日は雨宮に完敗だな、と心のなかで独り言を言いながら、零は運ばれてきた食事に手を付けた。