56話 図書室での音宮
「なあなあ音宮」
「なんだね零っちよ」
「なんでこんなに図書室って寝心地が良いんだろうな」
「さあ~私には分からないけど、その意見には激しく同意だよ~」
「激しい割に緩いなー」
図書室で二つ、スライムのようにぐでーっと机に脱力している。
零と音宮だ。
「こりゃ雨宮が戻ってくる前に勉強に戻るのは至難の業だなー」
「そりゃ間違いない~」
あはは~、っと笑う気力も最低限に、音宮は返事をする。
現在行われているのは、最近定期的に行われている勉強会だ。参加者は零、雨宮、音宮の3人である。
そしてちょうど今しがた雨宮が席を外したところである。
彼らは、雨宮の姿が見えなくなるや否や、机に突っ伏した。
「図書室が、っていうより京華ちゃんが厳しいんだよね~」
「違いない。2時間もぶっ続けで勉強させられるとは思ってなかった」
「もう疲れちゃったよ~」
音宮が疲れたと口に出すのも無理はない。あれだけみっちり勉強させておきながら弱音を吐くと雨宮はすぐ怒ったため、迂闊に口に出すことはできない。
「でも零っちくらいなら余裕なんじゃないの? それだけ勉強できるんだし」
「いやーそうでもないな。雨宮はかなり深いところまで聞いてくるし、お前もなかなか教え甲斐があってついつい熱く語ってしまう」
この勉強会での零の立ち位置は、教師役だった。雨宮に対しては零でしか教えることが出来ないためそうなるし、音宮に対しては雨宮も教えるが勉強に集中していた時は代わりに零が教えていた。
零が先生、雨宮は先生兼生徒、音宮は生徒のみという構図だ。
「零っち本当に教え方が上手くて助かる~。分かりやすいんだよね~」
「それは雨宮が教えても一緒だろ?」
「それはそうなんだけど、零っちの方が気負わなくて済むから楽にできるかな~。京華ちゃんの前だと、こっちも必死にやらなきゃって張り切っちゃう」
「モチベーションを上げることができるのは、良い先生の証拠だけどな」
音宮は人よりも感受性が強いため、真剣に教えてくれようとしている雨宮の熱意にどうしても感化されてしまうのだ。
「音宮、お前ってやっぱいい奴だよな」
「なによ突然~」
そう言われても満更ではないのか、顔を綻ばせている。
「いや、もしかしたら最近高宮とかと接していくなかで感覚が麻痺しているのかもしれない」
「さらっと酷いこと言うね~。まあ玲ちゃんもいい人なんだけど」
「なんか4人の中で一番まともだよなお前って」
「それは感覚がずれてきてるよ~。どう考えても京華ちゃんが一番常識人でしょ」
何を馬鹿な事を~、という感じで本気にしていない音宮だったが、零に最もフラットに関わっている音宮が一番まともだと零にはどうしても思えてしまう。
「お前だけだよ。ちゃんと俺を人間だと思っていてくれるのは」
「まさか~」
「こないだなんか、大宮に平然と安眠妨害されたからな」
「ま、まさか~」
「高宮には睡眠薬っぽいの混ぜられたし」
「あ、あはは…」
「雨宮はなんかいつも怒ってくるし」
「それわかるかも~」
とここで音宮は不意に机から顔を引き上げたが、雨宮がそこに立っている、というような定番イベントは起きなかった。
安堵した音宮はもう一度机に伏せる。今度は零の方に顔を向けながら、ではあるが。
「零っちはモテモテだね~」
「モテモテ以前に人権を持てなかったみたいだけどな」
「イケメンにハイスペックときたら、さすがにどんな女子でも放っておかないか~」
「なんか買いかぶりすぎじゃないか? それにお前は俺のことをどうも思っていないだろ」
と、そこで音宮は遠くからこちらに歩いてくる雨宮の姿を認める。
そして、音宮はおもむろに席を立ち、次の瞬間、零の隣の席に座って、体をすり寄せた。
「どうかな~? 私も零っちのこと好きかもしれないよ?」
「――っ!」
いたずらっ子のように笑って肩を寄せてくる音宮に、零はさすがに動揺した。
「へ、変な冗談はよせ」
「ふふふ~」
と音宮はさらに近づいて零の腕を片方取って抱きしめる。
(む、むねが…)
零は言葉にならない悲鳴を上げる。女性経験のない零にとって、そのような行動はどんな苦痛よりも耐えがたい。
そんなところに救世主現る。いや、閻魔大王だろうか?
「ちょ、ちょっと! さ、沙彩何してるの!」
顔を真っ赤にした雨宮だった。顔の赤みは怒りからだろうか、それとも見てはいけないものを見たという羞恥心からだろうか。
「と、図書室ですよここ! は、早く離れなさい!」
「京華ちゃんこそ~。ここは図書室だよ? もう少し静かにしないと~」
見事に言い負かされた雨宮はさらにぷくーっと頬を膨らませる。
「まあ、冗談なんだけどね~。京華ちゃんが見えたから揶揄いたくなって~」
パッと零の腕を解放してお茶目に笑う音宮だったが、どうやら程度を間違えたらしい。
「沙彩、あとでちょっと話がありますから…」
勉強会後に雨宮の部屋へ連れていかれた音宮を見て、念仏だけ唱えておいた零だった。




