53話 雨宮の悩みと解決
寮に戻った零は、いつものように食堂に来てご飯を食べていた。
「……」
だが、雨宮がいつものような元気がない。何かを躊躇っているように見えた。
「京華ちゃん? 何かあったの?」
その様子はさすがに誰の目にも不審に思われたようで、大宮が代表して訊いてみる。
「いや…別に、なんでもないです…」
零は雨宮が何について悩んでいるのか分かっていた。それはもちろん、零に「神宮家」のことについて訪ねるべきかどうか、尋ねて良いかどうか判断しかねているのだろう。
「京華さん、悩みごとでしたら私が聞きますよ? どうぞおっしゃってください」
高宮に促されると、雨宮は零の顔をちらと見た。
だが、雨宮の予想に反して零から話をし始めた。
「雨宮が聞きたいのは、『神宮』という家についてだろ?」
「えっ?」
零の口からその単語が出てくるとは露ほどにも思っていなかった雨宮は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「いやいや、そんな驚くことか? あんなバレバレの盗み聞きに気付かないわけないだろ。ガサガサしてたぞ」
「えー!」
雨宮は真剣な話をしたかったのだが、零が苦笑混じりにからかったことで場の雰囲気が和む。
「何の話ー? 全くついていけないんだけどー?」
話が自分の知らないところで進んでいることに不満を感じた大宮が零に質問をする。となりで同じような顔をしている音宮もどうやら同じ気持ちなのだろう。
高宮だけは、薄っぺらい笑顔の表情を張り付けた裏で戦々恐々としていたが。
「ああ、すまんすまん。神宮ってのは特に何でもなく、俺の旧姓なんだ。ほら、親が離婚したからさ苗字が変わったんだよ」
「え…でも会長が…」
先ほどの伏見との真剣な、ややもすれば喧嘩にまで発展しそうな問答を思い出しながら雨宮が恐る恐る尋ねる。
「ああ、どうやら伏見会長は神宮家の親戚に当たるらしくてな。いとこみたいなんだ」
「ええ!?」
笑ながら世間話でもするかのように話す零に雨宮は困惑してしまう。
「いやー、正直生きてきてずっと疑問だったんだよな~。なんで他人より勉強できるんだろうなーって。あの会長と血のつながりが多少でもあるって聞いて解決した。そりゃあの遺伝子なら勉強くらい出来ても不思議じゃないからな」
「ええ…」
もはや、「え」が無いと話せなくなるほどに置いてけぼりにされる雨宮とは裏腹に、大宮と音宮は納得していた。
「まあ、たしかにそういう話はしにくいわな~。京華ちゃんが聞くのを躊躇するわけだ」
「デリケートな話だもんね~。ん? れーちゃんどうかした?」
納得する大宮たちに対し、高宮は思考を巡らしていた。
自分の知っている情報に対して、零の言動が合わない。そんなぞんざいに扱っていい話ではないはず。だが逆にその心理を利用して…?
「そうですね、あまり話したいようなものでもないでしょうし、別の話題にでもしましょうか。体育祭の話とかもっと聞いてみたいです。MVPもいらっしゃいますし」
自分なりの結論に至った高宮は、話を零に合わせることを決めた。
(まあ、私だけが知っているというのが、特別な感じがして良いですね。弱みを握っていることにもなりますし)
既にお察しの通り、零の話はでたらめである。話の辻褄が合うように適当に作った嘘である。
だが、嘘だと分かっていても、決定的な要素がない。
逆に上手く話が噛み合っているだけに、むしろあの話は大したことではなかったのかもしれない、と勝手に補正をかけてしまう。
高宮がこれ以上詮索はやめようと言ったこともあり、話を蒸し返すわけにもいかない雨宮は、大人しく自分の考えを中断せざるを得なかった。




