51話 伏見、零、そして雨宮
「神宮…?」
雨宮は聞いたことのない単語を復唱してみるが、いまいちピンとこない。
零が生徒会長に呼び止められて、今日の体育祭のリレーのことも相まって、何か――具体的には分からない――何かがあるのではないかと思って隠れて聞き耳を立ててしまった。
(神宮家の人間? 神宮って何? そもそも零くんって入江じゃないの?)
雨宮は自分の知らないことを思案に耽るが、どうやら自分の想像もつかない話だと思い、さらに話を伺うしかないと悟る。
「神宮家? 知らないですけど何なんですかそれは?」
零が平静のまま伏見に聞き返す。
「…とぼけるのも上手いようだな。そういうところも鍛えられたのか?」
だが、伏見はその零の反応を嘘だと決めつけ会話を続ける。
「俺も、お前のような知識があるわけでもないし、運動ができるわけでもないが、そこら辺の知識は足りているつもりだ。父上から教えてもらうことがあるからな」
それにな、と伏見は続ける。
「そもそも雨宮、大宮、高宮、音宮、彼女たちがいる学年で主席に座す男。運動で他を圧倒する男。考えてみれば、そんな男が神宮家の者でないとするなら、何だと言うんだ?」
「知りませんよそんなの。っていうか過大評価し過ぎじゃないですかね。俺のことも、その神宮っていう家についても」
立て板に水に話を進める伏見に少し苛立ちを覚えたのか、語気が少し強まる零に雨宮は恐怖を覚えた。
「もしその神宮家とかいうよくわからない家と俺に何か関係があったとして、何かあるんですか?」
話に早くけりをつけたい零は、結論を伏見に求める。
「別にどうしようというわけではない。ただ、力に溺れるな、力のかけ方を間違えるな、そう言いたかっただけだ」
「……」
零はまだ何か言いたげではあったが、これ以上何かを話すと変な関係性を、茂みに隠れている相手にまで疑われてしまうと考え、話をやめさせた。
だが雨宮の方は、そうもいかない。
初めて聞く単語がどうやら零のことと関係があるようだと知ってしまっては、困惑と同時に好奇心も出てしまう。何せ零の秘密がわかるかもしれないのだ。
好奇心ではないのかもしれない。それは欲ではあるが、知らなければ気が済まないという自分の心の整理をする面が強い。
雨宮が急いで寮に戻る姿を、零はしっかりと確認した。
その時に、恐れや悲壮感を感じた零は、伏見の言った「溺れるな、間違えるな」という言葉を取っ掛かりに、自分の妹のことを考えていた。




