5話 雨宮の訪問理由
「私の名前は雨宮京華です。入江くんと同じ二年です」
雨宮はぺこりと頭を下げて丁寧に自己紹介をしてきた。
さすがにこの学校に居て雨宮のことを知らないやつなんていないだろ。
まあ、謙虚なタイプは好きだけどな。
どうにも嫌味に取り様もない雨宮の挨拶は零にとってとても感じの良いものに思われた。
「と、とりあえず、紅茶いれるから待ってて」
「あ、はい、突然押し掛けたのにすみません」
「ああ、いいよ。気にするな」
少し雨宮には戸惑いを見せているが、零は自分の戸惑う気持ちを隠しつつ自分の家から持ってきた紅茶を取り出す。そして、コップを探していると、雨宮の姿が目に入る。
何度見ても異様な光景だ。自分の部屋にここまでの美人がいることにとてつもない違和感を覚える。
ーー彼女の黒くて長い髪は、さらさらと流れていて彼女の美貌を引き立てる。胸は大きくもなく、でも小さいということでは断じてない。“整っている”と表すのがベストだろう。そして、短いスカートからは太ももが見える。正座をしているため、スカートがより短く見え、肉付きの良い太ももが存分に出ているが、雨宮には気にしている様子は見えない。
「目のやり場に困るなあ…」とつぶやきながらコップに紅茶をいれ、雨宮のもとへもっていくと、雨宮は下を向いていた目を少し上げて上目づかいで零の方を見る。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ああ、さっきの大宮も元気な女の子という感じでかわいかったが、この雨宮は普段大人びた雰囲気を出しながら、小動物のような守ってあげたくなる気持ちにさせる。おお、当たり前だがかわいいなこいつ。
……というか、そもそもなんでこいつは俺の部屋に来たんだ?とてもあいさつしに来ただけとは思えない。少し前から俺の部屋で待っていた様子だし。となると、やっぱりテストのことか。まさかカンニングを疑っているのか…?
そんなことを考えていると彼女が口を開いた。
「あの…とても言いづらいのですが……
――私に勉強を教えてくれませんか?」
「……はあ?」
流石に自分の耳を疑う。雨宮の台詞は零の予想には無かったものだ。
「勉強を教えていただけませんか?」
「それって、俺が雨宮に?」
「そうです」
……俺が雨宮に勉強を教える?
うーん、何を言ってるのかさっぱりわからん。雨宮だぞ?一年のときは学年一位しかとったことがない、あの雨宮に俺が勉強を教えるのか?意味不明だ。もうこいつは免許皆伝だろうが。
零は困惑する気持ちを抑えるため、質問をする。
「お前って、十分頭いいんじゃないのか?教えることなんか何もないぞ?」
「でも私2位ですし…」
「そうだな、俺と5点差で2位だ。たしかお前495点だよな」
「でもあなたは500点。これ以上の点数を取るのかもしれない。あのテストではあなたの実力は測り切れてない」
「買い被りすぎだろ」
「いえ、適当な評価です」
「……まぐれだとは思わないのか?」
ここでずっと気になっていたことを聞いてみた。大宮といい、雨宮といい、簡単に信じすぎてないか?今までずっと平均点しか取ってこなかったやつだぞ?
少し逡巡した様子を見せてから、雨宮は言葉を紡ぐ。
「…すみません。実は、白状をしますと、私や飛鳥さんたちも偶然だと考えていました」
「良識は備わっていると」
「そこで、一年の時のテストの結果を調べ上げたのです」
「前言撤回。良識なし」
「実は、Sクラスにはそういった特権があるのです」
いいのだろうかこの高校。プライバシーの侵害もいいとこだぞ。訴えてやるからなこら。
「どれも平均くらいしかなかっただろ?」
「そうですね。それでやっぱりカンニングでもしたのかな、と思いました。だけど..」
「だけど?」
「友達の玲奈さん。あ、高宮玲奈さんが、何か引っかかることがあると言って、平均点と見比べてみたのです」
「……」
「私たち四人は目を疑いました。本当にこんなことができるのか、と
――わざと平均点を取ることなんか本当にできるのか、と」
零は無表情を貫く。心の中に渦巻く困惑や得体の知れない感情を押し殺してポーカーフェイスで聞く。
雨宮は続ける。
「あの時、入江君と私の間にとてつもない実力差を感じました。この人には一生かけても追いつくことなんかできない……そんな風に思いました」
雨宮の出した言葉には悲しみが含まれているように思われる。
「…じゃあなんで俺に勉強を教えてもらおうと?」
「それはっ...憧れてしまったのです。追いつけないことが分かっていながらも。近づく努力をせずにはいられなかった…」
「はあ」
「そうしたら…やっぱり入江君に教えてもらうしかないじゃないですか」
「ふむ」
到底理解することができないな。意味わからん。
この時、零は自分の平穏な生活が天才たちに崩されていくのが目に見えた。