46話 体育祭の予感
夏休みは、うふふな水着イベントが起こることもなくただ過ぎ去っていった。
その間、零はいつものように夜の8時から1時間、雨宮に勉強を教え、それ以外の時間は基本的にゲームをして、ラノベを読んだ。零の今のトレンドはギャルゲーとラブコメだ。
雨宮の夏休みの生活といえば、零とは対極の真面目全開で、朝は早起きしてジョギングをしてそのあとは読書に勉強と、己の向上心のなすままに努力を重ねていた。
大宮は陸上部の方をメインに活動をしていたし、高宮は株でたくさん利益を生み出したようだし、音宮は慣れないジャンルの曲作りに失敗をしてゴミをたくさん生み出していた。
そんなこんなで2学期が始まる。
「みなさん、おはようございます。今日から2学期ですね~。2学期は体育祭に文化祭、色々と行事がありますけどどれも全力で盛り上がっていきましょう~」
久しぶりの登場となる三日月先生は相変わらずの間抜けそうな、おっとりした調子で話すため新たな学期の始まりという感じがしないが、それでも始業式や各教科の担当の先生の挨拶で気持ちの切り替えがなされた。
だが、1学期と比べて変わったことがある。
「今年も白組に白旗を上げさせてやるー!」
「紅組を血まみれにさせたるわー!」
体育祭の準備が始まったのだ。
霞北学園の体育祭は紅組と白組に分けられる。名簿順で分けられるため、3年間同じ色の組で戦うことになり、学年が上がるにつれて体育祭への熱意は増していく。
1年の頃は「なんであんなに先輩方は必死なんだ…?」と言っていた者も、3年になると「絶対負けねえぞぉぉ!」くらいの気迫になる。
ちなみに名簿順で分類されると言っても、簡単に名簿の早い方から半分が紅組、その他が白組となる。その結果、Sクラスの5人は全員紅組となった。
Sクラスのメンバーが偏るというのは一見不公平に見えるが、Sクラスだからといって必ずしも運動ができるわけではなく、むしろできない人の方が多いため、特に不公平にはならない。零たち2年のSクラスが異常なだけだ。
話は戻すが、2学期の最初の日から体育祭に向けて、紅組と白組はそれぞれ集まって決起集会みたいなものを開いていた。主導するのは3年生。
紅組の長(組長という言い方だと暴力団のような感じがするので生徒は大将と呼ぶことが多い)が話している中、ちらほらと声が聞こえる。
「大宮がいるなら勝ったも同然だろ。雨宮もいるらしいし」
「え、あの2年のか? どこどこ? うわすっげえかわいい」
「でも白組は生徒会長の伏見がいるぞ。あいつがあっちいるとこっちの紅組にいる伊勢副会長も役に立たなくなるしなあ」
「うわーあいつかー…男の種目を全部取られるときついな~」
「2年の方で頑張ってもらうしかないよな」
聞こえるのは3年生の会話だろう。一応勝てるかどうか目算しているらしい。
その会話を聞いていたのか、高宮が零に小声で話しかける。
「紅組が勝つためには零さんの力が必要ですね」
「お前、別に勝敗とか興味ないだろ」
「そんなことないですよ。せっかくの体育祭ですし、勝ちたいです」
「まあ俺じゃ戦力にならんし、大宮と雨宮がなんとかしてくれるだろ」
「でもいいのですか?」
「何がだ?」
高宮が少しもったいぶってから表情を崩さずに告げる。
「この体育祭にはMVPのシステムがあるのですが」
「ほう」
「その商品にトロフィーと賞金がありまして」
「別にトロフィーも要らんし、今は金に困ってねえよ」
「それだけではないのですよ」
「というと?」
「なんと、あれとこれとそのラノベのサイン本が手に入るのですよ」
「……なあ。それお前の仕業だよな」
「身に覚えがありません」
「お前の記憶力にもツッコミたいところだが…あんまり欲しがる奴はいないだろ」
「そうですよ、もちろんそんなの欲しがる人はあまりいませんし、欲しがっている人は大体自分の運動能力を鑑みて絶望しています」
「それで、人を絶望に陥れたことを報告したかったのか?」
「いえ、そんなことではありません」
「じゃあどうした?」
もちろん高宮がそんな無駄なことを言うとは零には思えなかった。
「飛鳥さんや京華さんが全力で狙っていますよ」
「――は?」
「すごい熱量で狙っていますよ」
「なんで?」
「『その景品を餌に零さんを釣ってみたらどうですか?』と言ってみたら…」
「結局何から何までお前のせいかよ!」
「ですので、全力で獲りにいった方が良いですよ?」
「大宮との交渉をしてくるよ…」
「うまくいくといいですね」
5秒後、さらっと交渉をしてみたが、さらっと拒否されて交渉は決裂した。