40話 雨宮との時間
3日目の朝。8時ごろに朝ごはんを食べ、零は9時ごろに雨宮に連れ出された。連れ出されたと言ってもそんなに強引なものではなく、「これから一緒に外へ出ませんか?」という誘い方だったが。
10分ほど歩いて着いた先は古そうな神社だった。鳥居をくぐってすぐのところにある石には苔が生えていて、狛犬もどこか黒ずんでいる。
「どこだ?この神社は」
「ここは昨日たまたま見つけたところです」
雨宮の言うことに嘘は全くない。というか、雨宮が嘘を吐くことなどほぼない。ありえない。
いつだって気持ちをそのまま真っすぐに表現してきた。数多ある告白を「あなたのことは特になんとも思っていないのでお断りします」と、セリフだけ見たら心が折れそうな言葉を、セリフ通りの調子で言った。
ただ、少し、ほんの少しだけ自分の感情に対して疎いようで、零への恋心を未だに自覚していない。
「なぜ神社に連れてきたんだ?」
「何故かと言われたら…他に思いつかなかったというのが正直なところですが…」
雨宮は生真面目で娯楽といったものをあまり知らない。ゲームをしたのは零とが初めてだし、読書も小難しい哲学書や純文学がほとんどである。なので、零と1時間一緒に過ごすと言われて、どうしていいのか分からなかった。
「まあ、せっかく神社に来たことですし、お参りをしていきましょう」
「そうだな」
二人は石の階段をゆっくりと登り、賽銭を投げた。
そこからお参りのルーティーンをこなし、二人は沈黙を保ったまま階段を下りる。お互い、顔を向けることなく静かに。
階段を下りきったところで雨宮が口を開く
「零くんは何をお願いしたのですか?」
「俺か? 俺は平和を願った」
「殊勝な心掛けですね…」
「あ、世界平和じゃなくて俺の日常生活の安定という意味だぞ?」
「なんですか、私たちが平和を乱す侵略者だとでも言いたいんですか?」
「最初に俺の部屋を侵略してきたのはお前だったな」
「あ、あれは! し、仕方なくです! 玲奈さんたちと一緒にしないでくださいっ!」
ぷんすかと怒っている雨宮は、棘が抜けたようでとてもかわいらしい。あと、意外にいじりに対して弱いということも、すでに零は知っている。
「まあまあ落ち着けって。それより雨宮は何を願い事にしたんだ?」
「私は……私たちの幸せを願いました」
「そりゃまた仲の良いことで」
零は雨宮達4人のことだと思って他人事のように聞き流した。
「――零くんも『私たち』の中に入っていますよ?」
だから、雨宮のこの言葉を聞いたとき、一瞬何を言っているのか分からなかった。
「零くんは私たちの大事なクラスメイトじゃないですか」
零は他人と仲間意識など持ったことがなかった。いや、持てなかったのかもしれない。
他人と同じ輪に入ろうと思うには、あまりにも零は他人と違いすぎた。能力的にも、精神的にも。
友達と馬鹿言いながら、放課後を公園で遊ぶ。そのような小学生らしいことをしたことは一度もない。
他人と同じ歩幅で歩いたことなど一度もない。常に先を行ってしまったが故に逆に取り残されたような感覚を味わった。
「零くんは仲間だと思っています。それはもちろん、飛鳥や沙彩、玲奈さんも一緒です」
零にこんなことを言ってくれる者がこの先現れるだろうか? 零の歩みについていこうとする者がこの世に他にいるだろうか?
「みんなあなたのことを仲間だと思っていますよ。まだ会って日が浅いので少しおこがましいかもしれませんが」
零が独りぼっちで生きていたことは雨宮にも分かっていた。友達や親しい間柄と呼べる人はいなかったのだろうと。
しかし、今雨宮の口をついて出た言葉は、雨宮が零を慰めたり励まそうとして出たものではない。
純粋な雨宮の気持ち。雨宮が考えていたことが口に出ただけなのだ。
だが、だからだろうか、その言葉は零の体に染みわたっていった。気持ちが温かくなった気がした。
「ああ、そうだったのか雨宮。そうだな幸せが一番だよな。ありがとう」
零は特に泣いたりはしなかった。困惑の後すぐに穏やかな気持ちになり、涙は出番を失った。
「まあ、俺もお前らのことを、クラスメイトだとは思ってるよ」
「それは当たり前でしょっ! 事実なんだから!」
少し感傷的な気分になった自分が恥ずかしくなり、さらっとごまかした。
「雨降りそうだし帰ろう」
「そうですね」
そう言って、来た時より機嫌が良いように見える雨宮を横目に、零も上機嫌で歩いた。
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