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38話 事件

いつもの倍くらい長くなってしまいました…

 事件現場は大阪の大きなホテル。零たちの泊まる部屋。


 前日の旅館に引き続き、5人部屋を用意された。ベッドも当然5つあり、大きなテレビや窓際には二人掛けのソファが2つ向かい合っている。


 そして時刻は18時50分を回った頃。


 高宮が部屋で零とご飯を食べたいと言ったことから、大宮、雨宮、音宮の3人はホテルのレストランで食べることにしたため部屋を出た。


 部屋に残ったのは零と高宮の2人だけ。ソファが椅子に代わりその間にテーブルがセットされている。


 窓の外からはビルやマンションの明かりによって美しい夜景が見られる。


「この景色、とても綺麗ですね」

「ああ、これほどいい眺めは初めてだ」

「ふふっ」


 深い赤色の液体が入ったグラスが運ばれてくる。


「お、おいこれワインじゃないのか」

「ええ。ですがご心配なく。ノンアルコールですので」


 と言われるが高宮を基本的に信用していない零はグラスを左手で持って右手で仰ぐようにして匂いを嗅ぐ。


「……おい。これアルコール入ってるだろ」

「あ、やっぱり気付きますか」

「アルコールの匂いくらい、誰でもわかるだろ!」

「さすがに愚直に出されたものを飲むことはしませんか…」


 高宮はパンっと手を一回叩くと、すぐに変わりのものが用意された。見た目は同じもの。


「では改めて。正真正銘、アルコールは入っていません」

「本当だろうな?」


 そう言って零は再びワインの匂いを先ほどと同じようにして嗅ぐ。


 匂いを嗅いでグラスをテーブルの上に戻した後、零はそのワインをしばし見つめる。


「さすがにもうアルコールは入っていないようだな」

「私が嘘を吐くとでも?」

「お前、10秒ごとに記憶がリセットされてるのか?」

「記憶がリセットされても私は10秒で零さんを好きになれますよ」


 相変わらず高宮が何を考えているのかわからない零は後手に回っていた。


「まあ、何はともあれ、乾杯しましょうか」

「高宮と乾杯する理由なんてないけどな」

「いいじゃないですか、雰囲気作りです」


 そしてグラスを優しくつまみ、上品な音がした。


「このワインはとても良いブドウを使っているそうです。なんでも本場イタリアのものだとか」


 高宮のセリフに零が大きく動揺した。


「えっ、そんなに高いものなのかこれ。お金足りるかな…」

「それならご心配なく。すでに払っておきましたので」

「なんかそれは申し訳ないな…。でも今月は楽しみにしてたラノベの新刊がたくさん出るんだよな…」

「大丈夫ですよ零さん。零さんへの投資は私への投資でもありますから。何なら、私が一生養って差し上げてもよろしいですよ?」


 明らかに冗談だが、実際は本気で良いと思っている高宮だったが、さすがに零も冗談だとして取り合わなかった。


「養ってもらえるのは嬉しいことだが、普通な生活をしてみたいのでな」

「じゃあ将来は私のところで働いてください」

「闇の組織と関わりを持つか、予算の管理で金銭感覚が麻痺すると思うので遠慮します」

「うーん、秘書とかでもいいんですけどねえ」


 などとくだらない話をしていると、だんだん零の意識が薄まってきた。決して眠気が来たわけではないのだが、眠くなってきたかのように頭に(もや)がかかる。


 瞼がゆっくりと下りてきて、視界がいつもの半分ほどとなる。


 体を動かすのも億劫で、全身が倦怠感で満たされる。


「そろそろ効いてきたみたいですね」


 高宮が手を叩くとスーツを着た男が二人出てきて、零はベッドの上で仰向けにされた。


「零さん、私の声が聞こえますか。聞こえるなら何か反応を示してください」


 高宮がそう言うと零は体をもぞもぞと動かし横向きになろうとする。その姿勢の方がリラックスできると思ったのだろう。


 しかし高宮は次の瞬間、零の体の上に乗った。


 高宮はとても体が軽いうえに、柔らかなお尻の感触しか伝わらないため、零に大きな刺激を与えることもなく、自然に仰向けに戻った。


「零さん」


 高宮は零の耳元に近づいて甘い声で囁き始めた。


「零さん、あなたは今、目の前にいる女の子のことが好きです」


 高宮が始めたのは軽い催眠術。


 原理は簡単で、薬に効き目があると信じるとただのビタミン剤でも効果が出てしまう、といった暗示によって効果をもたらすプラシーボ効果を利用したものである。


 何も薬に限ったことではなく、嘘から出た(まこと)という慣用句がある通り日常生活にも通用する現象だ。


 仮病を装っているうちに本当に体調が悪くなるなんてことを経験した人もいるだろう。


 しかし、他人から「あなたは目の前の人が好き」と言われて信じる、暗示にかかる人などほぼいないだろう。


「あなたは同じクラスの高宮玲奈のことが好きです」


 そこで高宮は、相手の意識を弱らせる薬を使った。思考力を落とし、素直にさせるため。


「彼女の顔、体つき、声音、仕草、匂い、どれもが愛おしくなる」


 そしてさらに声を、いつもの張りのある上品な声ではなく、おしとやかで流れるような声に切り替えた。この声は、交渉の時に役立つ可能性があると高宮家で幼いころから訓練を受けた。


「あなたは彼女なしではいられなくなる」


 どんどん高宮の声と零の意識が一致していく。


「では起きていいですよ」


 高宮の最後の魅惑的な声に零は体を起こす。


「零さん、気分はいかがですか?」


 高宮はいつもと変わらない上品な笑みを浮かべる。


「うん、いつもと変わらないな。特に変化なし」


 零が自分の体をあちこち見ながら、特に体調の変化がないことを告げる。だが、この反応を見て高宮は成功を確信した。「なんか高宮を好きになっている」という状況にするために仕掛けたのだ。外見的な変化はないが、私の顔を見た瞬間、離れがたくて抱きついてくるか、はたまた動悸がするなどの変化が起こるはずだ。はじめの自分の声に反応を見せなかったのは意識がまだクリアではないからだ、そう思っていた。


「零さん?」


 自分に惚れることが楽しみで堪えきれなくなったのか、無垢な顔で零のことを下から見上げる。


 だが。


「なんだ高宮。ってかなんで俺ベッドにいるんだっけ?」


 零に変化はない。まさしく「いつも通り」だ。


(おかしい、こんなはずは…)


 高宮は生まれてきてから失敗したことがない。自分の計画が完璧に実行され、成果が伴わないことなどありえない。


「えいっ」

「な、なんだ高宮…。き、急に抱きついてくるな」

「ドキドキしますか?」

「い、いや、その、む、胸がだな…」


(おかしい、これじゃあいつもの零さんじゃないですか。女子に少し弱いいつもの零さんで、私にドキドキしてないじゃないですか)


「あ、そうそう、このワイン替えてくれないか? ()()()()

「――っ!?」

「……ん? ああ、そうか。なんとなくだがお前のしたことが分かった気がする」

「し、したこと?」

「最悪、既成事実を作りに来たのかと思ったが、なんだ? 催眠術でもしようとしたか?」

「な、何を根拠に、そ、そんなことを…?」


 高宮が珍しく慌てている様子を見て零は確信する。


「まずワインだけど、なんか変なにおいがしたな。毒系の香りではなかったから睡眠導入剤とかかと思ったけど、軽く意識を濁す程度の薬か。それは知らなかったな」


(……っ!?)


「で、高宮と話してたらだんだん意識が弱くなっていったから、自分で脳を半覚醒状態にしたんだ。レム睡眠みたいなもんだな。ノンレムまで落とすと寝てる間が怖かったし、あのままってのはあまりに危険だからな」


(……はい? 今、自分で脳の状態を変えたみたいなことを…)


「というか、俺がお前から出されたものを簡単に信用するわけないだろ。毒が入っててもおかしくないとか思ってたぞ」

「それはさすがに酷すぎるのでは…」

「……まあ、別にいいんだ。お前が俺を殺そうとしようが眠らせようとしようが」

「殺そうとするのを看過していてはいつか死んでしまいますが…」

「とにかくご飯食べよう。こっちはいつもの倍以上歩いてお腹が…」

「そうですね、そろそろ食べましょう……って、え? お咎めはないのですか?」

「お咎め? いやだからお腹空いたのでご飯が食べたいですって、俺さっき言ったよな。お咎めならワイン代で十分だ」


 と言ってホテルのロビーに電話をする零。


(あれ? 零さんってこんなに男らしい方でしたっけ?)


 高宮は零の態度に違和感を抱く。


 いつもの零なら、すかさずあれこれ言ってきたり、「また何されるかわからないから一人で食べる」くらいは言いそうなものだ。


「あ、あと、罰をどうしても受けたいのなら、これから俺の部屋に入るのと薬を盛るの禁止な。てかお前も早く食べろ。一刻も早くアニメの続きが見たい」


(んー。勘違いですかね?)


 実際に零は、ご飯を食べた後に見たかった昨日の分のアニメを見る時間が欲しかったためにこうしてディナーを急いでいるだけである。


 それでこそ零だ、とがっかりしながらも安心した高宮であった。

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